携帯電話を昨年末に買い換えてから、首からさげるストラップを
採用していた。小さい機種なのであまりじゃまにならず
持ち歩くのが楽で着信にも気づきやすく、重宝していたが

今日自室でぷちっとちぎれて携帯電話が落ちた
電子機器を吊るすのだから相当頑丈なひもなんだろうと思って油断していたが
ちぎれるのか、がっかりだな。一回切れると信用をまったく失う
落としたのが自分の部屋でよかった


しばしば、靴のひもがちぎれたり茶碗が割れたりすると
虫の知らせといったり、縁起が悪いといったりもするが
携帯電話のひもはどうだろうか

実際ちぎれたときも、ひもに対するがっかり感と
外出先で落としたんでなくてよかったという気持ちはあったものの
とくに不幸を連想するようなことはなかった
こういうのは普段から何かにつけ運命や縁起について熱心に考えて
生活していなければ、瞬時に思い巡らすことはできないな
たとえば、流れ星を見た時に願いをさっと言えるような用意もないし
心の準備がいるようでは

それでも、神社に行ったら手をあわせたり、お賽銭を入れたりするし
テレビで星座ごとの運勢をやっていたら、そうなのかと思って見ることもあるし
縁起の悪いことはちゃんと嫌うから、考え方としては持っているんだろうが
かといってとっさのときに神仏のことに考えがむくことはない

なんとなく自分の中での距離感がそんなものなのかということを思う
ひもそのものに対する感情しかなかった
改造してひもをステンレスワイヤーに交換しようということを考えていた