資料性博覧会15が、8月14日に開催予定です。
入場にはパンフレットが必要となり、前売りは終わってしまったようですが
当日販売もあるそうです
 
今年もポスターの絵を描いているのと
昨年までに引き続き、ポスター絵を使用した「ふろしき」の販売があります
大きく引き伸ばされた絵の印刷に対し
布地はちりめんのような凹凸があるので
小さい絵を目を凝らして見ていたものが巨大化したような
感じがする独特の印刷物になっています。お土産にどうぞ
 
イベントの詳細な参加方法ほか情報は公式サイトへ

Amazonの電子書籍Kindleで楽園のコミックスのセールが開催中です
買った金額の半額分のポイントが戻ってくる仕組みで
つまり実質半額で購入できるということになります
 
拙著は既刊すべてが対象になっているほか
電子版が配信されたばかりの楽園(le paradis)39号
セール対象になっています。こちらで発表した新作は
9月刊の単行本には収録されないものでもありますので
この機会にいかがでしょうか
暑い夏は冷房の効いた部屋に居ながらにしてお買い得電子書籍をどうぞ
 
 
以下はAmazonの販売ページへのリンク
 

ちょっと前から、ヤマザキ社から「カステラ風蒸しパン」という
菓子パンが発売されているという情報を得た
7月からの新発売なのかな。公式サイトには記載もないし
告知らしい告知もなく、急に売られ始めたようだ
 
 
さっそく入手した
パッケージは「熟成厚焼きたまご風蒸しパン」と似たような感じで
商品をラップで包んで「カステラ風」のラベルを貼っただけのもので
大手メーカーの全国流通商品とは思えないようなローカル感が漂う。
「わかる者にだけわかればいい」というような昔気質の職人の作品を思わせる
かなりかっこいい
売り場に6個あったので、4個買った
 
 
食べてみた
これが驚くべきことに、カステラ風蒸しケーキにそっくりなのだった
「熟成厚焼きたまご風蒸しパン」は食感としては普通の蒸しパンに近いもので
「北海道チーズ蒸しケーキ」とは種族が違う感じがあったので
「パン」と「ケーキ」、系統の異なるものという位置づけなのかと思って
そういう食感が来るものと構えていたから
良い方に大きく裏切られた
一年半ほど「カステラ風蒸しケーキ」を食べていないので
記憶が多少薄れているということもあるだろうが
黙って出されたらわからないかもしれないと
思ってしまうくらいには似た味わいだと思った
 
これまで「カステラ風蒸しケーキ」の他社製類似商品を見かけるたび
あれこれ食べていたが、少なくとも他のどれよりも似ています
量が少し減っているけど、パッケージの簡素化も含め
気軽に食べるのにはむしろいい面もある
 
これがどういう位置づけの商品なのか
正統「カステラ風蒸しケーキ」復活のための布石としての限定商品なのか
あるいは「カステラ風蒸しケーキ」をより先鋭化させ、市場に適合させた
進化版と捉えればいいのだろうか
わからないが
同じメーカーの商品であることや商品名、味わいから考えても
事実上の後継品といってもいいのではないだろうか
 
自信の裏返しともとれる、限界まで削ぎ落とした潔いパッケージ。
想いは伝わってきます。

まだ手元には3つ残っている
明日以降も向き合っていきたい


この文を見たカステラ風蒸しケーキファンの方へ
一食の価値があるので、ぜひ手に入れて食べて見て下さい

あるエッセイの本を読んでいた
子供の頃の出来事を回想する内容で
繊細な部分までよく覚えているんだなと思った


自分の子供の頃の出来事をどれくらい覚えているか
思い出そうとすると、もう長いこと脳の表面に浮かんでこなかった
ような断片が、念じれば浮かんでくることにおどろく
何年も外気に晒されず埋まっていた記憶が、ちょっと考えただけで
出てくるの結構不思議だなといつも思う

思い出したり忘れたりを繰り返しているうち
事実と一致する正確なものでなくなっていってるのではないかと
いうことについても、よく考える
石とか頑強なもんでも、長年の風雨なんかで風化して形がすこしずつ
マイルドになっていくように、記憶も思い出して忘れての繰り返しによって
角がとれたり、おぼろげになっていっているのに
昨日のことのように鮮明に感じていたりするのではないか
正確だと思っているのは自分だけなのではないかと

でもその思い起こしている記憶は自分の中にしかない、自分だけのものだから
その不確かさは、たしかめようがないものになってる
 
確かめたくて、記憶の現地へ行ったり、当時の写真を見てみたりしても
それら証拠物件は抗いようもなく精密なものであると同時に
自分が見たもの記憶したものとは本質的に異なるものであるから
強力な砥石で記憶を研ぎ直してしまうようなもので
それはそれで全く違う鮮明さが付与されてしまうということもある
そんなことを繰り返すうち、おぼろげな記憶はいよいよ別物になっていく
 
記憶を文章にするというのも、けっこう砥石感ある
文章にするときには、言いたいことを言うために余計なところを省いたり
必要な説明をがんばって補ったりもするし
それによって文章ができあがると、やっぱり完成したテキストというのは
また別の強固さやシャープさが発生するものだから
それもまたおぼろげの研ぎ直しが起きているということで


といったことを思いながら読み進めていたら、次の項で
昔の記憶は不確かなもので、前項で述べた○○は正確には△△だった
という補足があったので、急になにかが共有された気がして
文章に親近感がわいた
 
克明に書かれた本が、じつはおぼろげなものの集合体であると思うと
すらすら文章を読めるような気がしてくるが
しだいに不思議と頭に入らなくなってきたので 
そこから数ページ読んだところで読むのをやめておいた

漫画情報
通算九冊目となる漫画作品集が9月末に発売予定です
タイトル「模型の町」
おたのしみに




以下雑記
 
先日のこと
通りかかった店でアロハシャツが売っていた
金魚の柄のものがあったので、立ち止まって見てたら店員が話しかけてきた
魚の柄がすきなんです、と言ってみたところ
どういうかんじのですか と訊かれた
 
どういうかんじの魚の柄
そう訊くってことはいろんなかんじの魚の柄があるのかな
案外難しい質問だったが、数秒の考慮時間のあと
ただただ魚が居るだけのかんじがいいです、と答えたところ
そういうのはないという返答がすかっと来て会話は終わった
 

ここまで書いて、なんか夢で見た出来事を書いてるような気になってきた
暑さで多少ぼんやりしていたかもしれないが実際におきたはなしだ
 
 
 
 
 
庭の枇杷は、かれこれ長い付き合いの木だ
かつて初めて食べた枇杷の種を、鉢植えで育て
いつしか実がなるほどの木に成長した
 
例年、一個か二個食える実がつけば良い方という程度の
弱々しい実り方で、まあそんなもんかと思っていたけど
今年はなぜか、十個くらいぽこぽこと実がついた
しかも、すくすく育った高い枝先ではなく、下の方に垂れ下がった
一本の枝に、まとめて実った
まるで、こちらに差し出しているかのようだ
これはこれは、取りやすい位置につけてくれてありがとうと
熟していく様子を毎日たのしみに見てた

ついに昨日、いい具合の色になったので、特にうまそうに色づいたものを選び
半数ほど収穫し、夕食後にデザートとしておいしく食べた。
 
それで今朝、枇杷を見てみると残りの実がさっぱり消えていた
ええーと思って
足元を見ると、割れた実の破片が残っていたから
鳥かなにかが持っていってしまったらしい

がっかりといえばがっかりではあるが
十分熟した実をいくらか味わえたのが不幸中の幸いだ
さらに言えば、昨日の今日である
収穫して味わうまで、鳥に奪われないように
枇杷がキープしてくれていたのではないかとすら思えてくる
まあそれは冗談としても、愛着のあるこの木がより好きになった
来年も元気に実をつけてほしい
そう思える木が身近にずっと居るのは嬉しい
 

数年前植えたポポーの木はここんとこ低迷しています
ちょっと育ったらちょっと枯れ枝になったりして一進一退
毎年葉はついてるけど初期の頃のようなぐんぐん伸びる感じには乏しい
頑張ってほしいところです


 

楽園(le paradis)39号が発売になりました
「商店街のあゆみ」という題の漫画を掲載して頂いております
ぜひ見てみて下さい。
お求めはお近くの書店かインターネット通販で

楽園(le paradis)ウェブサイト
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以下雑記 

窓から蝉の鳴き声のようなものが聞こえてきた
昨日のことだが
梅雨もあけたというし、ついに蝉の時期が来たか
しかし確証はまだない
 
ミンミンとかツクツクボウシとかなら
あきらかに蝉とわかるが、ジュイ―ーー といったかんじの
しかも遠く、かすかな音だ
こんなかんじの鳴き声の虫、バッタ系でも居そうに思えるし
なんなら機械かなんかの動作音か、強めの耳鳴りかもしれん

音のする方に行ってみることにした
日差しが強いので、つばの広い帽子を被って外に出た
帽子のおかげで、空間の暑さは感じるが日差しによる熱は
うまくシャットアウトできているようだった
 
この帽子は、先日買ってきたものだ
日差しを遮るためにつばの広いものが必要だなと思って
買い求めたものなので、蝉の鳴き声を確認するために活用できたことで
正式に我が家の道具の仲間入りを果たしたかんじがしてよかった
いいデビューだと思うよ

蝉の姿までは確認できなかったが
音はあきらかに高い木の上からのものだったので
ほぼ確実に蝉であろうということがわかった
 
夏の要素が続々と揃ってきた
かき氷かスイカでも食べたいところです
 
 


今日は冷房をつけた部屋とあつい場所を行ったり来たりしたせいか
ちょっと頭がぼんやりして、足取りがふらつくようなときがあった
涼しくした場所でしっかりとした椅子に座り
水をのんでのんびり休んだところ、調子を取り戻した
これを読んでいる方、健康にはくれぐれもお気をつけください

昨日は用事があったので市街地に出かけた
日差しのあるところは暑いので、日差しをよけて小さな日陰に入ったとき
これは夏の仕草だな、と思うことがあった
地面からの照り返しの味わいも、夏のものなってた
今年の夏は今日から始まったなと思った
物足りないといえば、蝉の鳴き声がまだないことくらいだったな

 
本日、日中
近所を散歩していて、桜の木の側を通ったとき
桜の葉っぱが日光で熱された匂いがしてきて
これは夏の匂いだなと思った
子供の頃の夏、桜の木に空いた穴ぼこの奥に、黒光りする昆虫が潜んで
いるのを見つけて、あれはオオクワガタじゃないか!と考え
どうにか出て来ないかなと弄ったりなんだりしたが、
穴ぼこが狭く結局正体はわからなかった
今思えばゴキブリかなんかだったんだろうと思うが
その時の匂いだった


夜、自宅にて
廊下の匂いが夏の夜の匂いになっていて、うわ夏の廊下だと思った
それがなんなのか考えてみると、祖父母の家の匂いに似ている
祖父母の家は高知にあり、小学生の頃は夏休みになるとよく遊びに行った
ほとんど夏休みにしか行ったことがなかったから、記憶が夏と紐づいている
木造の家が日中の気温で温められ、その余熱が夜になって
材木や繊維壁や畳の湿気を放出する匂いとか
夕食の残り香、蚊取り線香や花火の匂い、近くの山や海や川
石ころや土や雑草の匂いが窓から流れ込んでくるのとかが
混ざったもんだと思うが
そういう匂いが自宅の廊下で再現されていたことに驚いた
これも夏だ

今日は夕飯に焼き魚を食べた
祖父母の家は海の側で、海産物がよく食卓に上ったから
それの影響もあっただろう
魚の骨をゴミ箱に捨てたから、それの匂いがほんのり漂ったのかな
具体的にそれとわかるほどは漂ってなくとも、そういう細かい条件が
隠し味となり、うまいこと再現されたんだろう
不思議なような、そうでもないような気がする



あとは蝉の登場を待つのみ
鳴き始めるのがいつなのか、耳を傾けておきたい

外出時の体温調節が難しい時期だ
涼しいのは朝方だけだろうと思って薄着で出かけると
案外一日中涼しく、見当が外れたり
なにか羽織って出かけると案外暑くて荷物になったりする
 
風通しのよい羽織りものがあると、日差しを避けることもできて
どちらにころんでも利用価値があるかもしれない
日差しの下で長袖を使って涼しく感じられる、という
方式が確立できれば、よほど寒い時以外それ着とけばいいのだからな
ということを考えていた
 
 
 
昔住んでいた地域に行く用があり、出かけた
用を済ましがてら、馴染みの場所を歩き、その変化を見るなどした
 
前回行ったのは、記録を見ると2018年11月だった
3年半でどのくらい変化があったのか、前回の景観を正確に覚えて
いるわけではないから、住んでいた当時とは言わないまでも
気がついたのはここ十年くらいでの変化だろうと思う

昔からあったであろう塀や建物、新造された構造物
古い建物にあたらしい店の看板がかかっていたり
古かったなぞの大きめの建物が消えて新築戸建て数軒に変わってたり
かつて住んでたアパートはまだ健在だったが、手入れが行き届かず
印象がかなりぼろくなっていたので寂しさがあった
まだまだ消えてもらっては困る、しっかりしてくれと
年老いた者を励ますような気持ちになる
 
 
 
 
写真集を買った
同じ作者の本を一冊持っていて、好きだったのでもう一冊買った
東京の景色を写したもので、何の変哲もないように見えるが
確かに何らかの眼差しがあることがわかる
 
芸術としての写真のことは理屈としてはあんまりわからないが
写真単体で見たとき、そうか、いい光景だなと思うくらいだけど
写真集として並べてまとまっていると、わかってくることがある
 
それぞれの写真に共通してる眼差しらしきものが、なにかあるらしいことが
二枚三枚と見ていくにつれて、偶然撮れたもんではどうやらないことが
意図的に制御して眼差しを込めているということが感覚としてわかってきて
それを踏まえたうえで
その眼差しが、自分の好きな質感のものだと
それまで本当に何の変哲もないと思っていたページの写真も、自分なりに良さを
解読できるような気がしてくる
 
自分でも携帯電話のカメラやらで写真をぱちぱち撮ったりするし
高画質のものを、撮影したいものに向ければ手軽に撮影できるものなのに
そこに眼差しを込める技術が存在するらしい
 
そんな不確かなものを測る物差しが、いったいどんな姿をしてるのか
さっぱりぴんとこないにもかかわらず
でも確かにあるということが、見てるとわかるから
それが面白くて


 
「楽園」春のウェブ増刊で公開された作品に
描き下ろし10作品を追加収録した電子書籍が刊行されました。

「春のpanpanyaまつり」にて展開した住宅特集4作に加え
描き下ろしが1作、計5作品で参加しています
描き下ろしは「ここはどこでしょうの旅」の第8回となっております

ペンタブのニス塗り。
日に二回ほど重ね塗りしては研いですべすべにする作業をしてるが
適当なところでやめようと思いつつちびちび塗り重ねてしまう
ペンタブを使う作業が始まったらやめて使用開始する




旅先でたまたま寄った古本屋で
いいかんじの古雑誌をみつけて、それを会計に持っていく途中
本棚に刺さっていた冊子が偶然目にとまった

ある地方の郷土資料館で平成初頭にやっていた企画展で
周辺の自治体の広報誌をテーマにしたものの図録だった
ただならぬ気配を感じてそれも買うことにした
100円だった。古雑誌のほうは200円。

家に帰ってぱらめくりしていくと
広報誌の表紙が1ページにでんと配置されたものが何ページにも
渡って羅列されていたり、郷土史を紹介するワンコーナーばかり
抜粋した章、編集後記ばかり集めた章などがあった
 
なんでこんなにわくわくするんだろう
縁もゆかりもない地域の、手にしたはずもない広報誌たち
その地域に住んでいる人ですら、さほど注意を払わない人も多かろう
そういうものを、地域を横断して収集し、その微細な差異を味わう
そういうことを、ある地域のある期間だけだったとしても、やった人がいて
展示をし、図録にまとめたんだということが、冊子を通じて伝わった
 
今だって、津々浦々の自治体で脈々と発行され続けている広報誌たち
市町村の数をネットで検索して調べたら、1718もあるという
区が含まれていないようだから、それ入れたらもっとあるね
その数だけ、 広報誌は毎月発行され続けてんだろう
市町村合併で廃刊、新創刊があったりもしたことだろう
いままでに一体何冊の自治体広報誌が発行されたんだろう

 
辞書を見て、日本語のことばの数の多さのことを思ったり
昆虫図鑑を見て、こんなにいろんな種類の虫がいるんだと思ったり
それはそれでわくわくすることだが、そういうこととはまた違う
何もないと思っていたところに思いがけない深い空間があることを知るおどろき
ぽんと合わせ鏡を置かれて、ひるんでしまうような
 
きっと今この瞬間にも、見過ごしているもののなかに
莫大な面白みの重層があって、一皮めくれることに気がついたとたん
わくわくすることができるんだろう
そういう可能性をちらつかせてくる、強い力がある