散歩をしていたら、道にゴミが落ちていた
透明のフードパックに「ねぎとろ中巻12個」と書かれたラベルの
上から、「レジにてさらに2割引」という黄色いシールが貼ってあった
賞味期限は5月13日とあったので、概ね一週間以内に誰かがぽい捨てしたか
置き忘れていったもののようだ
 
じっくり見ておいてじゃあさようならというのも
どうかと思ったので、拾って帰って捨てることにした
左手にごみを掴んだ状態で散歩を続行する
 
 
そうすると、他にもゴミがあちこちに落ちているのが目につくようになる
草むらのなかに、人工的なビニールの光沢を見つけてしまうと
ねぎとろのゴミは拾うのに、そっちは拾わない理由がないように
思えてきて、つい手にとってしまう
 
ビニール紐の破片、「北海道」と書かれた飴の個装袋
「かき氷ホワイト」というアイスの蓋
CCレモン、アサヒスーパードライ、三ツ矢サイダー、ジョージアの缶
等々
 
気がつけば、両手の全部の指を使ってごみを掴みながら
下ばかり見て新たなゴミを探すかんじになってしまっている
こんなはずじゃなかった。
 
 
散歩の後半は、きょろきょろ景色も見るよう努めた
頭に蜘蛛の巣がくっついていたのは家に帰ってから気づいた

ゴールデンウィークが終わりつつある
今年は、新しいジョギングコースを見つけてそれを楽しんだり
見たかった展示を見に行ったり、そのついでに寄った沖縄の物産店で
変わった果物を買ったり、スリッパを新調したりした
 
 
変わった果物について記しておこう
 「カニステル」という名前で、外見は子供の握り拳くらいの黄色いしずく型
ぱっと見たときは、観賞用のかぼちゃかなにかかと思ったが
別名エッグフルーツ、甘い卵の黄身のような味がするという
説明書きを見たら買わずにはいられなかった
 
サイズによって300円~500円くらいだったので
吟味して大ぶりで見た目が整ったものを選んだ。450円。

まだ追熟中なので、毎日たのしみに観察してる
すこしずつ柔らかくなってきました
一緒に売られていた「イエローパッションフルーツ」という
これも似たような寸法の黄色い果実で、これはパッションフルーツの
仲間であるから想像はつくが、初めて見た。
ふつうのパッションフルーツよりも酸っぱく、香り高いらしい
世の中にはまだまだおもしろい果物があるんですね。
 
ゴールデンな色味の珍果物をニ種類も、ふと入手できるという
なかなかゴールデンウィークらしい出来事だった



昨日、近所の普段行かない方面を散歩していたら
去年か一昨年あたりはでかいイタドリが生えていたエリアが
手入れされて整った原っぱになっていた
短い緑の芝の中に、赤いイタドリの小さい葉が少し出ていて
しぶとく強い植物だが、以前のような食いでのある茎は
しばらくは出て来ないであろうことが見て取れた
 
残念なような気もするが、手入れされた原っぱは風通し良く、清々しい
変化には、いい面とわるい面とがあるということだ
手入れされる前の、太いイタドリの生えた荒れた草地の景色のことも
覚えていさえすれば、変化したということだけを味わうことが出来る
悲しむ必要はないことがわかるし
裏を返すと、近所の区画を手入れして風通し良くしてくれた人がいて
意図もわかるし感謝の気持ちもあるが
取り立てて喜ぶかんじではない
 
そうなんだ、ということをよく覚えておくことは大事な気がしてる
 
 
原っぱの脇に、見覚えのない脇道が作られていて
別な道路に抜けることができるようになっていた
せっかくなのでそこを通って家に帰った

楽園(ル パラディ)春のウェブ増刊にて
4月30日分で描いた漫画が公開されています。
無料ですので見てみて下さい
 
行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→4月30日のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/
 
 
 
今年の春のpanpanyaまつり四作品目、最終日となります
十年前の作品を振り返るという趣向でお送りしましたがいかがでしたか
恐らく五月いっぱいは引き続き無料で読めるはずですので
よかったら旧作と見比べて再読してみたりしていただければと思います
 





以下雑記

スリッパを買い替えた
1~2年程使っていたものがずたずたになってきていたので
ぼちぼち交換したほうがいいなと思っていたのだった
いくつかの選択肢がある中
今回はやや奮発し、長年の使用に耐えそうなものを選んだ


近頃は、いろいろなものに対し、愛着が育まれるということを
考えて生活することが多い
家にあるもののなかで、長時間所持しているものにはそれだけで
無条件で重要度が加点されているし、新たにものを買うときには
今後愛着が発生し、捨てづらいものになるのだよということを
念頭に置き、それが無理なく達成できそうなもの
自分で修理が出来そうかとか、頑丈な構造をしているかとかが
商品選択の決め手になることが多いようなきがする
あるいは逆に、消耗品であるということを強く意識し
破棄する心理的負担が軽いかどうか、という考え方もまたある

スリッパ選択に置き換えて考えると、上等なものにするか
もしくは宿や夜行バスなんかに配備されるような
使い捨てて構わないような不織布でできた感じのやつにするかという
選択がまずあるということになる
 
そうすると、ふだん家に居ることが多いのだから
日常で最も長時間履く履き物なわけだし
時々の外出用の靴などより、スリッパを重要視するのが
むしろあるべき状態のようにも思える
 
 
これまで履いてたスリッパは、ホームセンターの一階のスリッパ売り場で
均一価格で売っているなかから、足裏の素材の感じと、布地の感じでぱっと選んだ
このときはわりと消去法的な選び方をした覚えがある
その前のスリッパの足の裏が盛大に剥がれてしまい、急ぎ交換の必要があったためだ
 
その剥がれた先々代は、大型商業施設二階の服売り場の片隅で発見したものだった
表面は毛足の短いねずみ色のふわふわした感じで
足裏がビニール素材で、汚れがつかなそうなところが気に入った
その更に前に使っていたやつが、台所の油はねなんかが足裏に吸着して
べたべたして不快だったことに由来する選択だった
 
歴代のスリッパのことを思い出しながら、新たなスリッパを迎える
今回も忘れがたい大事なスリッパになってくれることを願う

楽園(ル パラディ)春のウェブ増刊にて
4月16日分で描いた漫画が公開されています。
無料ですので見てみて下さい
 
行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→4月16日のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/
 


引き続き十周年記念旧作因み特集の三作品目となっています
お楽しみいただけると幸いでございます



 
以下雑記
 
感染症に関するあれやこれやで、特に急ぎの理由でない外出はあまり
しないことが常態化していたこともあり、自転車に乗ることがめっきり減っていた
去年の、冬に入ってからは少なくとも乗っていないと思う
 

ふと、気候もいいし自転車に乗ってどこかに繰り出そうかな、と
思ったのだが、近頃自転車でのヘルメット着用が努力義務化されたという
ニュースを見たのを思い出した。
今年の4月からだそうです

努力義務化
どのくらいのもんなんだろう
被っていなかったからと言って罰則があるわけではないらしいが
被る努力をすることを義務付けられるというかんじだろうか
 
被る努力は、あまりしていなかったかな
気休め程度に帽子は被るようにしていたり
「ヘルメット、本当は被ったほうがいいらしいな」と思って
インターネットでヘルメットを売っている店を調べたり、品物を物色
したりしたことはあったけど、調べるだけで被る努力まではしていなかった
 
自転車でどこかへ行こうかなと思ったとき、ヘルメットを被る努力を
同時にしなければならないということになった
自転車用のヘルメットは持っていないので、もしヘルメットを被る努力を
しながら自転車に乗ろうと思ったら、ヘルメット屋さんに向かうために
自転車に乗るということになるのだろうか
ヘルメットを入手するぞ、するぞという気持ちでペダルを漕ぐ必要がある
あるいはインターネット通販等で入手してからということになる



今日は気温が高かったし、ジョギングをして体が温まったこともあり
風呂上がりに今年初めて半ズボンを履いてみたが、これを書いている夜遅い
時間になると、半ズボンを履くにはまだやや寒いことがわかってきた
我慢できないほどではないから今日のところはこのまま敢行するが
明日には恐らく元の長ズボンに戻していくことになるだろう
しかし半ズボンに初挑戦した日が今日であったことは日記に書き留めておく

楽園(ル パラディ)春のウェブ増刊が開催されており
3月25日と4月7日分で描いた漫画が公開されています。
無料ですので見てみて下さい
 
行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→3月25日/4月7日のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/
 

今年の「春のpanpanyaまつり」
panpanyaが楽園WEB増刊にはじめて掲載された2013年から
ちょうど十年目ということで
当時描いた作品に因んだものになっています
(当時の作品は単行本「蟹に誘われて」 に収録されています)
 
 
 
 
 
 
 
以下雑記
この二日間ほど、長い夢を見たり、何本立てかになった夢だったり
寝ている間の体感時間が長い。眠りが浅いのかな
おもしろいので得した気分になるが、 健康の面ではどうなのか
そんなによくはなさそうに思える



缶のエネルゲンが生産終了となったらしい
近頃は見かけたとしてもペットボトルか粉のものばかりで
缶で市販されているのは、たしかに自販機や店頭含め全く見かけなかった
とはいえ昔から、どこでも売ってるというものではなかったが
 
あるとき缶のエネルゲンが欲しい気持ちが高まって
インターネットで箱で注文したときのものが
あと何缶か残っているんだけど
生産終了ときいてもう一箱注文してしまったよ
 
ゆっくりと、気づいたら消えてしまうというようなことが
多いなかで、 こうして終了の報をキャッチすることができ
惜しむことができるというのはありがたいことだ
変化は仕方ないことだからね
ごくごく飲んで思いを馳せることにする




出かけたので、マクドナルドでてりたまバーガーを食べた 
この時期恒例のものだが、今年は卵不足ということもあり
提供していない店もあるというニュースが入ってきていた
提供していない店では、代替品として「チーズチーズてりやきバーガー」という
二種類のチーズを入れた派生商品を売っているという

これはけっこう悩ましいところで
風物詩として例年通りてりたまバーガーを食べたいという気持ちはあるが
卵不足の折、苦肉の策として発売された卵不足バーガーも食べてみたい
むしろ今年の風物詩としてはより強度の高い体験に
なるのではないかという気持ちもあり
 
とはいえ一部店舗の一部期間販売を見合わせるということだから
行ってみて、売っていたほうを食べるということにしようと決めた

行ってみたら、どちらも売っていた
従来どおりてりたまを提供している店でも、チーズてりやきは売っているらしい
そうだったんですか
レジの前でだらだら迷うのもなんなので、ぱっと目に入った
「瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたま」という
今年の新作を食べてみることにした
長い商品名を注文のため読み上げるのに、ややだらだらしてしまう結果になった

味としては、さほど個性的というわけでもなく
レモンの風味もあり、普通のてりたまより少しさっぱり食えるかなという感じ
ベーコンが入るのが独自性あるようだが、秋の月見バーガーには常時
ベーコン入っていますから、案外意外性は無く、良く言えば馴染んでいた
記憶に残りにくそうなので日記に書いておこう



出かけたのは、本屋と手芸屋に行くためだった
でかい手芸屋で、セーターの穴を修復するための毛糸を探し
どんぴしゃのものを見つけた。大量の選択肢の中から
最も近いものを見つけるのはゲーム性があって愉快なものだった
会員になるとポイントがつくというので、カードがもらえるのかと思ったが
スマートフォンアプリの会員という仕組みになっていた
便利なのだろうがやや寂しい感じもする 


 
中央林間駅に行った
中央林間は、田園都市線の西の終点に位置する駅である
昔から、田園都市線車内の路線図を見て
左端に「中央林間」、右端に「水天宮前」と
渋谷から先は半蔵門線になるので、水天宮前は田園都市線の終点という
わけではないが、どちらも漢字四文字、どこか最果て感のある字面。
路線の端までなんて、行く用もなかったもので
ミステリアスな存在感が今までずっとあったのだ

水天宮前は、今では終点ではなくなり
車内の路線図は押上とかもっと先までの長いものになっているようだが
中央林間は今も果てのままである
近くまで行ったので、せっかくなので寄ってみることにした
 
長年脳内にあった、勝手な中央林間像が
木端微塵に砕かれるかもしれないと思っていたが、まあ多少は砕かれたが
合致している部分も多少あり、そのわずかな共通点を見つけるたび
なんともいえない高揚感があった
 
想像上の中央林間は、全てがもっと巨大で透明感があり
北海道大学のポプラ並木のような感じで、広い道の地面は
平滑な石を幾何学的に敷き詰めてあるような感じと思ってたが
実際はそんなことはなく
それでも、それを現実の寸法と予算内に収め、人が生活するのに必要な要件を
きちんと満たすように現実的に現実的に作ったら、このくらいになるんだ、という
どこか腑に落ちる景色に思えて、 それが嬉しかった
 
駅を離れて少し歩いてみようか、とも思ったけど
全部くまなく見てしまうと、さすがに木端微塵かなと思ったので
駅周辺をさっと見るに留めた。 


行こうと思っていた本屋は、はじめて行く駅にあった
ちょうど日が暮れ始めるような時間帯だったが、薄暗さと雲の感じが
嵐の前の気配にちょっと似ていて、根拠のない不穏さが漂っていた
駅周辺の穏やかな景色と絶妙にブレンドされたその気配がとても良かった
本屋では、目当ての本の側に興味をそそる本がいくつか並んでいて
悩んだ結果予定になかった本も二冊買った。

なんでもない外出だったけど、妙に満足感があった
今夜はよく眠れそうだと思った

「自己隔離期間の線型代数 I」 が発売になりました


装丁と装画を担当しています



(画像は1月と7月twitterより引用) 

大学初年度の教科書で扱われる線型代数の範囲をほぼカバーする内容ですが
一概に大学一年生向けの本というわけではなく
必要な予備知識という意味では高校生や中学生でも取り組むことができるような
より広い読者を想定した入門書であるとのことです
 
是非手にとって見てみてください

 



楽園(le paradis)41号が発売になりました
「うるう町」という題の漫画を掲載して頂いております
ぜひ見てみて下さい。
お求めはお近くの書店かインターネット通販で

楽園(le paradis)ウェブサイト
https://www.hakusensha.co.jp/rakuen/vol41/

amazon通販ページ
http://www.amazon.co.jp
 

Amazonの電子書籍Kindleでセールが開催されております
買った金額の半額分のポイントが戻ってくる仕組みで
つまり実質半額で購入できるということになります
 
白泉社からの既刊8冊が対象になっています
今回は、昨年9月発売の最新刊「模型の町」も
セール対象となっていますので
この機会にいかがですか。
 
以下はAmazonの販売ページへのリンク
模型の町

十年以上前のことだが
日が暮れた18時か19時ぐらい、繁華街を少し外れた道を
友人と歩いていたら、居酒屋かスナックのような店があった

女性の演歌歌手に関連する店のようで、本人が経営しているのか
その実家なのかは、わからないが
「〇〇(人名)の店」というような文言と、着物姿の女性の写真が
ライトボックス型の看板に配されてぼんやり光っていた

写真は、もともと耐候性が低いものだったのか
風雨や湿気、太陽光やライトボックス自体の光など
過酷な環境に晒され、かなり傷んでおり
その演歌歌手の顔が、世にもおぞましいものに変化していた
 
不気味の谷という現象がある
人を模した造作物を、人間に似せていく過程で
一定レベルに精度が高まると、急に不気味に見えてくるというものだ
「人間にそっくりな、でも人間でないことがわかる」というものに
本能的な恐怖を感じるのだとしたら、その看板は
人間だったものが経年劣化によってわずかに人間味を失ったことで
偶然、不気味の谷に踏み込んでいる、ともいえるものだった
 
それを見た友人ともども、ひっと声を上げてしまうほどだった
恐ろしくて、足早にそこを去った



しばらくして、同じ場所を通ったとき
看板はきれいなものに掛け替えられていた
まあそれはそうだろうなと思う反面
 
思わず目を背けるような恐ろしい看板が、ある時期
道端に掛かっていたということ
もうそれを確認する術はないということを
時々思い出して、怖かったということだけを覚えている悪夢の
ディテールを思い出そうとするのに似ているななどと思ったりもした
 
 
 
 
ふと、そのことを久しぶりに思い出して
ひょっとして、当時携帯電話のカメラで写真撮ったりしてないかなと
思って、古い画像ファイルを見返してみた
撮影した記憶もないから、無いだろうなと思ってたけど
まあ無かったわけだが


昔撮った写真を見ていたら、公園遊具の写真があった
同じ頃に中央線沿線を線路に沿って歩いていたときに見つけたもので
小さな公園にぽつんとある、へんな顔の恐竜の遊具だった
一回通り過ぎたけど、あまりにへんな顔だったのでUターンして
写真を撮ったことを今でも覚えている
 
これが、どこの公園だったか
「あのへん」「こんな曲がり角」といった断片的な記憶はあるので
すぐにわかるだろうと思ったが
Googleの地図と照らし合わせてもなかなか判明しない
 
丁度、中央線沿線が高架化される前後の時期で
新たに道が出来ていたりもするようだし
もしかして、公園がリニューアルされていたり、なくなってしまっていたり
してるかもしれないなと思いながらも調べ続ける
 
歩きながら写真を撮っていたので、恐竜の前後に撮った写真のなかで
場所が特定できるものがあれば、それを撮影した時間もデータとして残っている
チェックポイントが残っているので、おおよそどの辺を歩いていたかの見当はつく
もう無い建物や看板なんかの写真も多く、特定に難儀したが
少しずつ絞り込んでいき、30分前に居た地点と、30分後に居た地点がわかった
地図から公園を見つけることは最後までできなかったが
およその地名が特定できたので、地名と恐竜の遊具という情報を頼りに
インターネット検索をかけることで、ようやく場所の特定に至った
 
公園も遊具もまだ現存しているようだった
見つからなかった理由としては、記憶していたよりも公園は広いもので
記憶の印象と地図上の表記とが一致せず、逆に見落としたようだ
 
 
ここまできてようやく、記憶の芋づるが現代と接続された
古い記憶が少しだけ確かなものになった実感がある 
たいして関係ないはずの怖い看板も、わずかに実体感を増した感じする