今日はいつもと違うコースをジョギングすることにした
バイク、車等ではよく使う道だが、足で走るのははじめてだった
それは普段と全く違う道のように感じられた


信号もない一本道で、いつもエンジンの速いスピードで通り過ぎる道を
速いスピードでなら何百回も通ったことのある道を、足で走ると
空間感、距離感がまったく違うリアリティでもって入ってくる
微妙に坂になっている箇所のこと、路肩には雑草が飛び出ていること
側溝の蓋がない場所があることなどを横目で確認する
逆にマンホールの蓋の位置なんかひとつも意識しない

息が上がってくると、また視野が狭くなり別物の感は更に強まる
曲がり角の先がどうなっていたか、どうしても想像ができない場所があった
いつも通っているのに、特徴のない道だからか、息があがっている所為か
記憶のなかには絶対あるはずと思っていた道を思い描くことができなかった
曲がり角にさしかかるまで、その先にどんな道が続いているんだったか
どうしようという気になったが
走ってそこに到達すると、なんだ知っている道だ、となった

しかし、車では通り慣れた十キロくらいの道のりを正確に景色を思い浮かべながら
走れるだろうか。ましてや道沿いに用のある店や家があるわけではない道で
景色がどんなだったか、思い出せるだろうか…という疑問に対して
案外全部は思い出せないもんなんだということを身をもって感じた


電車や自動車でしか来たことないような場所まで来て、ふと
足でこんなところまで来たかという、ほんのりと取り返しのつかないような
実際は取り返しつかなくもなんともないのに、なぜか心細い気持ちにすこしなる


家に近づいてきて、へとへとになって
走るためには足をあげて前に出してを交互にしたり、呼吸をしたり腕をふったり
汗を拭ったり複雑な動作を同時に行っているが、頭で考えていることは
「走るのをやめない」という意思だけで、それ以外は自動的にやってくれる
意思だけを強く持っていればあとは自動的に走ってくれるのだなということを
ぼんやり考えていた

しかし「走る」に関連する以外の動作については頭で考えて実行しなければ
ならない。たとえば走りながら手を無意味にグーパーすることなどは
わざわざ考えて手を動かさなければならない
ためしに実行してみると、脈絡のない指令に腕がびっくりしているような気がした
「なんでそんなことを突然」という感触があったので愉快だった