小学校の教科書で「新しい国語」とか「新しい算数」といったような
「新しい」が頭につくやつを見たことがある

新しさがどういう種類のものなのかはともかくとして
古いよりは新しいほうが小学生にとっては感じがいいのかもしれない
勉強なんていうのは小学生にしてみたらそもそも面白くなりづらいものだと思うが
「新しい」といわれると、

もしかしたら、今までのものとは違って面白いのかもしれないぞ

という気持ちになるかもしれない
挿絵が現代的だったり、表記が現代的であったり、親しみやすいものかもわからん
子供にとって何かしら有益な改良があるように感じられる



いま調べてみたら、「新編 新しい国語」というのが出てきた
新しいもののそのまた新編なのか
こうなってくると、なんだか新しさの押し売りのようで
必死になるところが怪しい という気にもなってくるというものだ
と一瞬思ったがそうでもないかもしれない






教科書というと、配られたてのときの匂いをいまでも鮮明に思い出せる
あの紙質、教科書以外のふつうの本ではあまり出会わない紙な気がする

匂いといえば
小学生のときに母が買ってきてくれた五冊パックになったノートの
紙の匂いが銀杏のようなへんな臭さがあるものだった
パックのやつはビニールで密封されてるから買って開けないと匂いはわからないものだが
残念な気持ちになった。有名メーカーのものではなかったので、子供ながらに
得体のしれないメーカーの品は信用ならないなと思った

ノートの匂いは勉強の意欲に関わるから重要なことだ
そのノートと同時期にやってた算数ドリルまで悪印象が波及して
なんとなくネガティブな記憶としてセットで蘇ってくる


いま思えば銀杏臭いノートなんて珍しいから、今なら面白がって使えるかもしれない
と一瞬思ったがそうでもないかもしれない

コミティアが無事に終わりました
来てくださった方、ありがとうございました
関係者の方々おつかれさまでした

ということをコミティアが終わってすぐに書こうと思いましたが
もたもたしてるうち日が経ってしまいました


当日はグッズの販売と、それに関連したちょっとしたペラ紙を配布しました
グッズを作るに至った経緯を簡単に解説したかんじのものです
グッズは引き続き予約受付中です





なんとなく手に力が入らないような日々だ
ジョギングでもして気分を晴らそうと思ったが午後から雨になってしまったので
本を読んだ。読みかけのを二冊読み終えたので
もう一冊、最近斜め読みしただけになっていた本をもう一度軽く目を通した


ここのところ夏かと思うような日があったりする

ポポーの木の新芽らしきものがぐんぐん成長して、青々とした葉っぱが
数枚にょきにょき出てきた
見るたびに、よしよしと思って葉っぱをなでてる

テクノロジーによって距離が縮んだということを感じる


たとえばグーグルストリートビューというウェブサービスは
世界各地の道路を360度見回しながら移動することができたり

デジカメでは高解像度の写真が手軽にたくさんとれて、それらは自動的に保存され
現像なんてしなくてもデジカメの後ろのモニターや取り込んだパソコンですぐに閲覧できる
行った場所の写真をとるのも、見るのもずいぶん手軽になっている

また、子供のころと比べたら移動の自由度が飛躍的に増した
それは時代の変化というよりは、自分が大人になり様々な自由を得たということだが
電車に乗って遠くまで出かけることができる
バイクの免許と車両があるから、乗って出かけることができる
飛行機やフェリーに乗れば、もっとどこでもいけるだろう

子供の頃に自在に行ったり見たりすることの出来なかった場所が
いまでは圧倒的に自由にアクセスすることが可能になっている
その気になれば海の向こうにも行くことができるし
今すぐ海外のストリートビューを見ることもできる



遠く離れた土地にいる友人と電話やオンライン通話、メールができる
写真などを共有することもリアルタイムに出来る
いろいろなものを隔てていた距離がどんどん薄まっていってる


それゆえに、尊さも薄れてるような気がしていて
なんだか、遠い手の届かない土地に思いを馳せることの重みが、このところ
どんどんなくなっているような気がしてそれが寂しい

果てしなく思えるような距離のどうしようもなさを時々感じたくなる
便利になることの味気なさといってしまえば、ありふれた言い方になるが






今日もジョギング行った
いつものルートを逆走してみたところ
そちらのほうが坂の配分がよかったのか、全体で五分くらい早く回れた
同じ場所に戻るわけだから、逆走したところで移動距離も高さも変わらないわけだが
こうも違うものとは思わなかった
今度からこの方向のルートも取り入れていこう



ゴールデンウィークですが、関わっているイベントが二つあります


資料性博覧会09
開催日:2016年5月3日(火) 
時間:11:00~16:00
会場:中野セントラルパークサウスコングレスクエアB1コンベンションホールA+B+C

くわしくは公式サイト↓
http://www.mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/


ゴールデンウィークの恒例行事でございます
「こいのぼりくんソフビ人形」も今年で三年目。黒(真鯉)、赤(緋鯉)ときて
今年は青(子鯉)が販売されます
限定数があり、会場で抽選販売だと思います

また、例によってイベントのポスターを描かせて頂いており
そのポスターが会場で販売されます。A2サイズで一枚300円とのことです。お土産にどうぞ
面白いイベントですのでぜひお出かけ下さい






あともう一点、コミティアがあります

コミティア116
開催日:2016年5月5日(祝/木) 
時間:11:00~16:00
会場:東京ビッグサイト東4・5・6ホール

スペース番号:G77a。

今回は刊行物が作れませんでした。すみません
しかし先日告知したTシャツ、トートバックを、六月の正式発売にさきがけて販売します
よろしければお立ち寄り下さい。

コミティアに来られないけどTシャツないしトートバックほしいという方は
以下URLから通販の予約注文ができますのでこちらでよろしくお願いします
https://panpanya.booth.pm/

「坂の上の雲」の夢を見た

坂の上の雲は、司馬遼太郎の歴史小説で、小説は読んだことないが
何年か前にテレビドラマになって、放送していた
面白そうだなと思って、再放送されていたやつをまとめて録画したのだが
まとまった話数をぼんと録画したものだから、なんとなく見始めるタイミングを
逃し、結局予告と本編をちらっと見ただけで、放置していたのだった



今日見た「坂の上の雲」の夢は
思い出してみると全く坂の上の雲関係ない夢だった

竹中直人演じるあの世の案内人が、三途の川を渡る船のチケットを
主人公にくれるが、べつに今出航するやつにすぐ乗らなくても良いというので
あとで出発するやつに乗ることにして、現世でやり残したことを片付けるため
とどまることにする、というような筋だった
何となく感動的なものだったような気分だけが夢の手触りとしてあった



それで思い立って、録画してあった坂の上の雲を引っ張り出してきて
今日はそれを見てみることにした
一話が90分もあるので、何話かしか見れなかった

役どころは違ったが、竹中直人が本当に出てきて驚いた
夢とはあんまり関係なかったがドラマは面白かったので、続きも見ようと思う





今日は風がびゅうびゅう吹いて天気が良かった
気温が心地よく、風のちからによって少しひんやりした新鮮な空気で
こんな日にどこか見晴らしのいい場所に出かけたらよかっただろうな
それで凧揚げでもしたら風に乗って自動的に高くまで上がるかもしれんな
道の駅でフランクフルトでも食うのも良いだろう

ゴールデンウィークに入ったので、道が混んでいるというニュースがあった
空想のゴールデンウィークに凧揚げとフランクフルト、実際は録画を家で見てた
明日はどこかにでかけてもいいかもしれない



楽園(ル パラディ)ウェブ増刊にて描いた漫画が公開されました。今期五本目。
4月29日分です。無料ですので見てみてください。


行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→4月29日のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen




この更新で、今回の楽園春のWEB増刊は全日程の更新が完了しました
次回のWEB増刊の開始までの間、全作品を閲覧することができます

「春のpanpanya祭り」もこれにておしまいです
春の新生活の時期であることから、全五回の引っ越しシリーズをやりました
連作という形態は、初めての試みでもあります
3月19日、28日、4月6日、15日と公開されていますので
よろしれけば順を追って今一度お読み頂けると幸いでございます

今日はジョギングに出かけた
今年はさぼり気味であったため、まだ本調子ではない
だらだら走って、休憩も多くとった

多いときは二日に一回走っていたから
そういうときは頑張らなくともすいすい走れるから
ほどよい運動によって脳がシンプルになり、考え事がはかどったりするが

まだそういう走りではないので、ひいこら走るのに精一杯で
とてもとても考え事をするような余裕はないのだった



ジョギングのコースにしている道の脇の林に、グミの木があった
毎年でかいグミの実がなるので、楽しみにしていた木だったが
最近その林に手入れがなされたらしく、根本からばっさり切られてしまっていた
とてもいい木だったので非常に残念だ
あんないい木を切るとは
しかし山の持ち主からしたらべつに用のある木でもなかったのかもしれない
だれも収穫してる形跡なかったし、邪魔な低木でしかなかったのだろうな
ほかの場所に生えてるの見たことないから、だれかが植えたのかと思ってたが
そうでもないのだろうか


グミの思い出
幼少時に住んでいたアパートの近くで、庭でグミを育てているおばさんがいた
しかしおれはその実がグミという植物の実であることも知らなかったし
食えることも知らなかった

ある日近くで遊んでいると、そのおばさんが
「これはグミといって、食べられるんだよ、採って食べてみてごらん」
と言ったので、食べてみると甘酸っぱくてうまいものだった
近くにへびいちごが生えていたが、へびいちごは食ってもうまいものではないので
同じ赤い実でもまるで違う味に衝撃を受けた

しかしここでおれは勘違いをした
おばさんはその時 試しに食べてご覧と言ったのであって、べつにいつでも勝手に
食っていいという話ではなかったようなのだが、おれは完全にいつでも食ってもいいもの
なのかと思って、通りかかるたびにぶちぶち採ってはむしゃむしゃ食べていたのだが

ある日それが見つかって、おばさんに怒られたのだった
それを知った両親にも怒られたような気がする
おれは前に食べてもいいと言われたのに、騙された という悲しい気持ちになった
今思えば申し訳ないことをしたが、幼稚園児の悪意なき勘違いなので大目に見てほしい
ただ、当時は悪意なき勘違いであることを説明する能力を持ちあわせていなかったので
グミを盗み食いする糞餓鬼としておばさんの記憶に残っているかもしれない


グミというと、それを思い出す
今回無くなったジョギングコースのグミはおばさんのグミよりも木も実も立派なものだったので
それにしても惜しい木を失くしたものだと思う

漫画をせっせと描いていると、漫画を通して景色を見るばかりで
あまり実在の景色を見なくなるというときがある

一昨日、ひさしぶりにジョギングに行ったときのことだが
走ることで目の前の景色がぐんぐん手前に近づいてきて
後ろに去っていく、この流れがダイナミックに思えて
これはまるで景色の中に自分が入り込んだようだ、とす思えて

一瞬思ったわけだが、それは全く当たり前のことなので
そりゃあそうだとなって笑った
むしろ漫画を描くときのほうが、景色の外側に自分が居る
イレギュラーな状態ともいえる



藁納豆の包みのような景色

ジョギング中の周囲の空間の構造が藁納豆の包みに似ている


包みの内部、中心部分に自分が居て、片方の縛り口のほうを向いて走っている
縛り口はすぼまっているが、ぐわっと自分の360度周囲を後ろに流れていき
また自分の真後ろの縛り口で景色がすぼまっていく

なんだか文章にするとなんのこっちゃわからないが、そう感じたのでそう書く
 こんな立体的なものを漫画の平面に何とか描き出そうとする
けっこう無理のあることをやってんだなと思って





今日は久しぶりにバイクに乗ってでかけた
エンジンの調子が好調ではないような感じがした
昨年以来手入れを怠っているので整備をしないといけない

整備しなきゃいけないいけないと思いつつだらだら夏になってしまう事態は避けたい
季節はあっという間に移り変わっていくな

グヤバノというフルーツについて前に書いたことがあるが
缶ジュースでしか飲んだことがなく、またそれがとても美味かったので
果実そのものを食ってみたいと思った 自然な流れである

ただ、ちょっと調べても日本で簡単に食えるものではないらしく
ドライフルーツがネット通販で買えるくらいの情報しかなかった
しかもそのドライフルーツが欠品していたのだった
そこまでがあらすじ


そのドライフルーツ通販屋のページはその後も定期的にチェックしていたのだが
昨日ついに、現地の販売者が倒産したため供給がなくなったという知らせが
通販ページにあがっているのを発見した

諦めきれず探してみると、別なメーカーのグヤバノドライフルーツを
取り扱っている別な通販屋を見つけ、注文を受け付けていたので
取り急ぎ注文してみたが、こちらも在庫が切れ、次回入荷未定ということだった
万事休す

ジュースは何本か買ってあるので、これをちびちび飲みながら
未だ食すことのかなわないグヤバノの実態を想像するしかない
日本でグヤバノを食える情報をお持ちの方、ご一報下さい
缶詰とかがあるといいんですけどもね



フルーツつながりで
去年食いたくて苗を買ってきて植えた「ポポー」だったが
たいして育つこともなく冬に葉っぱが枯れ落ちて枯れ木のようになってしまい
こりゃだめかなと思ったが、今日ちょっと新芽が出てるように見えた
元気がないが、生命力を取り戻してほしい
我が家で毎年安定してポポーが食えるようになる日はくるのだろうか


枇杷の食った種を植えて二十年以上経つ木が庭にあるが
三メートルほどの高さに育った今も
年によって気まぐれに数個実がつく程度のしょぼい収穫である
葉っぱを乾かしてお茶にするのが主な収穫物となっている

アケビも種をまいたのだが、ひょろひょろと芽がいっぱい出てきて
雪で壊滅することなく生えているがべつに育っていく感じでもなく
十センチくらいの草の状態から進展がないのはどういうことだろう

基本的に植えたら植えっぱなし、成り行き自然任せにしているが
フルーツを実らせるための育成方法があるのかもしれない

今日は日記を書く余力があるので書いて寝る
今日といっても日付がかわっているから数字の上では昨日のことだが

友人が、「ノビル」を採りたいというので案内した
「ノビル」とは、漢字では「野蒜」と書き、我が家の周辺ではわりとそのへんに
生えているネギの仲間の野草で、根っこの部分を食べることができる
らっきょうとか、エシャロットの小さいやつという感じのものだ

生えている草地に行き、三十分ほど適当に採取すると
ちょっと食べるには充分な量になったので、試食したりした
二年ぶりくらいに食べたかもしれない。春の味という感じする

ツクシは先日食べた
クレソンは去年見分け方と自生地を覚えたので今年も楽しみだが
先日見たときは小さいのしか生えていなかった
食べれる草を覚えると無料で珍しい味を楽しめるので得した気分になれる


風がびゅうびゅう吹いたり、太陽が照ってるのにばらばらと雨が降ったり
妙な天気だったがそれも春だなと思わせる要素だな
完全に春になった。冬と同じ部屋着を着ていると少し暑いかもしれない




フレンチパピロというお菓子のことを完全に忘れていた

今日不意に目にして、ああこのお菓子見覚えあるけど名前がわからない、となって
包装のビニールに印刷された文字を見るも、読みづらいクラシカルな欧文フォントで
「FrenchPapiro」と書かれており、フレンチパピロ…?
そんな名前のお菓子だったのか、読んでもピンと来ない
でも何度も食ったことある。なかなかうまいやつだよ
こういうのは今日たまたま目にしなかったら永久に思い出せなくなる可能性が
あるやつだから、積極的に記録しておきたい

名前は覚えてないけど見た目は見れば覚えがある 程度のものをもっと見たい
解凍不能になるぎりぎりのカチカチになった記憶をとかして思い出すのは
すごく安心感がある
情報を保存したり日記を書くのは大事だな