唐突に思い出したことだが
二十年以上前、二子玉川の駅だったような気がするが違うかもしれない
どこか栄えた駅前、バス停の近くあたりに謎の構造物があった

大人の腰の高さくらいの支柱の上に直径15センチ程の球体がくっついていて
全体がスカイブルーのペンキで塗装されている
それが数メートルほど間隔をあけて複数設置されていたと思う

その球体部分がドラえもんの後頭部に見えた
なんだこのドラえもんの後頭部は、と思って
近づいて裏側を見ると、それは煙草の吸殻入れだった
ドラえもんの面を期待した部分は薄汚れた空洞になっていて
吸い殻が入っている様子はかなりざんねんなものだった
なんだあと思ったが、ドラえもんの余韻は残った


他の場所でも何度か見かけたことがあるように思うが
もう長いこと見かけていない
近頃は路上喫煙も厳しくなっているからもう無いかもしれない

ミニチュア信号機のガチャポンを買った
ガチャポンを買うと表現するのが正しいのか微妙な違和感があるが
百円玉を投入してガチャポンマシンのレバーを回し、ミニチュアの信号機を得た

ミニチュアの信号機である
驚くべきことに、日本信号株式会社が協力して作られた製品で
車両用、歩行者用信号に加え、歩行者用押ボタンまでもが
精巧なミニチュアモデルになっている
しかも光る

これは今年の春先に発売となったもので、そのときも欲しかったのだが
大人気だったらしくどこも品切れで売っていなかった
しばらく忘れていたが、今日たまたま見かけたので
最近大規模に再生産されたのかもしれない


しかしよくできている
信号機そのものが欲しいと思ったことは一度や二度ではないが
景色の一部をせめてミニチュアとして手元に持っていたいという気分が
それも東京タワーだの奈良の大仏だのではなく、自動車や電車でもなく
日本中ありふれた景色に埋没する部品であるところの信号機というものを
手元に持って喜ぶという感覚が、潜在的に多くの人の心にあるということが
こういう品を生み出しているわけで、しかも人気商品であったというから
うれしくなってしまうな



百円玉が足りなかったので、お札を両替した
そのときに両替機の下に百円玉を一枚落としてしまい
完全に奥深くに飲み込まれてしまった
がんばって覗き込んだが見つからず、諦めざるを得なかった
こんな純粋な損をしたのはいつぶりだ。

金を落とすというのは損のなかでもかなりシンプルな部類だと思うが
こんなシンプルな損、それに伴う悲しさは近頃めっきり味わっていなかった
極めて純度の高いうれしくなさだが、珍しいことなのでここはあえて日記に書いておこう
珍しいことを日記に書けたということが純粋な損と悲しみを少し薄めてくれる





久しぶりに日が暮れてからの町の空気を吸った
勤めに出ていた人々が帰ってくる、ベッドタウンの駅前で
コンビニとスーパー、少し歩くとファミレスやドラッグストアがある
人通りも車通りもさほどひしめくでもなく、かといって途切れることもない
こういう場所の夜の空気を吸うのはひさしぶりだ
具体的にいつのどこを思い出すでもないのに、なんか胸がいっぱいになった

ここから五分くらい自転車に乗って家に帰ってみたいと思った
そんなところに家ないのにな

夜の郊外の空気の味はいろいろあるが、心をつかまれることが多い
前にも友人の運転する車で環八だか環七を走っていたときの空気や
鎌倉から家に帰るときの道沿いの空気に
はっとしたことを思い出す
早い話が郷愁の一種だと思うが





電話について
番号を入力すると、その番号に対応した機械の元へ
電波となった人間の声がリアルタイムで届く
考えてみるととてつもないことだな

線でつながっている固定電話はまだ感覚的にはわかる
携帯電話はどうだ、空中を人間の声が形を変えた何らかの情報が飛んできて
機械がキャッチしてそれをまた音声として再生してくれる
しかも時差を感じさせる間もなくである
考えれば考えるほど不思議な技術だ

年に一度くらいこのことを考えてしまう

飛び立つときに「ぶー」と鳴くからぶー鳩
と呼んでいた鳩のことをふと思い出した

ぶー鳩は家の庭に時々飛来していたので、見かけたときは
菓子やパンの破片などをあげたりすることがあった

ぶー鳩の他に、足鳩というのもいた
片足の指が一本か二本か欠損していていることからそう呼んでいた
どこぞで怪我をしたのか、不憫だなと思って同じく破片を与えたりしてた

足鳩は思いの外図々しいというか、意地汚く
他の鳩を追い払って自分だけ食べ物にありつくようなところがあり
そういうたくましさがあれば不自由な足でも生きていけるだろう
むしろそういう性格だからこそ怪我に負けず生きてこれたのかもしれんなと
思った覚えがある


彼らはどんどん人馴れしていって次第に手から直接ものを食うようになり
最後の頃には家に上がりこんでくることすらあった

彼らは年をまたいで二年くらいは近所に居たように思うが
いつのまにか居なくなってしまった
それももう十年以上前のことだ












まんだらけ渋谷店の20周年を記念して
すっかり資料性博覧会の定番土産となったこいのぼりくんの
特別バージョンが制作されることになりました

半透明のこいのぼりくんの中に小いのぼりくんが入っているというもので
搭乗しているのか、脱皮の最中なのか、繁殖の過程なのか
いろいろ解釈の余地はあると思いますが大まかな状況として
「入れ子いのぼりくん」という名前をつけました

9月17日、まんだらけ渋谷店にて各10体ずつ販売されるとのことです
今回も特製入れ子いのぼりくんラベルステッカーつき。
くわしくは以下のURLをご覧ください
 https://mandarake.co.jp/publish/product/sby20_koinoborikun/index.html

夏のコミティアで販売したTシャツの通販が始まりました
https://panpanya.booth.pm/

受注生産のような形の販売となるので、実際にお届けできるのは
しばらく後になり、Tシャツの時期は外れてしまうと思いますが
鮫やUFOに関心のある方、如何でしょうか




以下雑文

近頃あまり外に出歩いていないので
何か用事を作って出かける機会を設けたい



録画してあったテレビ番組を見た
アーススキャナーという、地球上で地図に記載のない場所を巡る番組です
グーグルマップなどを見ると、地球上の地図がひとつづきに表示され
車のは入れないような細かい道までも克明に地図化されていて驚かされる
もはや世の中の空間はみんな地図になってしまっているような気になるが
例外もあり、そんな場所を紹介したものだ
完全と思われたデータの隙間の面白さについて取り上げるという点では
テレビゲームの裏技やバグ技の面白さに通ずるところがある
ふーんと思いながら見た


番組はおもしろかったが
案外「地図にない」ということがピンとくることは少なかった
世界のどこかに地図にないこんな奇妙な場所が、といわれても
どこかで、そりゃあそうだよな、というような
地図にないんなら、ないんだろうな
というような、妙なあきらめのような気分が発生した

世界には自分の思いもよらないような奇妙な場所はいくらでもあるだろう、という
感覚と、地球上には地図にないような場所はそうないだろう、という感覚が
かち合って、前者が勝ったかんじだ
地図にない場所を紹介する、という言葉以上の
わくわくは生まれなかったのが残念だった



それよりも、自分の家の近くに地図にない路地が一本でも
ある方がどきどきするものと思う
自分の思いもよらない場所はそうそうないだろう、という場所に
思いもよらないものがある方が面白いに決まっているからな
ありふれたものを観察することの面白みはそういうとこにもある



楽園(ル パラディ)ウェブ増刊にて描いた漫画が公開されました。
今期二本目、8月20日更新分です。無料ですので見てみてください



行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→8月20日のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/vol24/



①漫画雑誌「1月と7月」(1月と7月社刊)第六号が発売されました
公式ページ→http://1to7.jp/
amazon→https://www.amazon.co.jp/dp/4434236598/

お知らせが遅くなりましたが
漫画を掲載していただいております
今回も例によって実地調査に基づく漫画+αという内容です
今年1月に出る予定だった号がおやすみであったことから
当時の調査を半年挟んで思い出しながら描くという趣向になっております
何の調査かというと、某魚肉加工製品についてです
何卒読んで頂ければと思います





以下雑文

昨年北海道に行ったときに友人から
セイコーマート(現地でメジャーなコンビニ)のカツ丼の弁当がうまいので
おすすめであるという話を聞いたことを思い出した

セイコーマート店内でカツ丼を目の当たりにして聞いた話であるが
そうなのか、たしかに見るからにうまそうだとは思ったが
そのときは腹が減っていなかったし、はるばる北海道に旅行に来て
コンビニ弁当のカツ丼を食う気持ちにはなかなかなれないもので
結局食べずじまいだった
それ自体は常識的な選択であったとは思うのだが

しかしそういうときに、たとえば名物の海鮮丼を食うのをぐっと我慢して
おすすめのカツ丼を選択するというのは
ある意味でとても贅沢なことなのではないだろうか
極端に言えば、そのカツ丼を食べるために今からもう一度はるばる北海道まで
行くということを考えてみると、たとえばウニを食べに行くというのよりも
はるかに贅沢な行いに思える

次回そういった機会があったら、立ち止まって考えて
せっかくならその時々での贅沢な選択肢を選べるようになりたいと思った
ちょっとしたことだが

①ジュンク堂書店池袋本店 二十周年企画

参加しています。POPに絵を描きました。
期間中展示されているということですので機会がありましたら
見てみて下さい。
詳細→https://honto.jp/store/news/detail_041000022638.html




②アニメイト 白泉社フェア

全国アニメイトにて対象商品を買うと景品がもらえるキャンペーンが開催されており
その中の「丸型しおり」の絵を描きました。全6種の中のひとつです
説明によるとランダムで配布されるもののようです
詳細→https://www.animate.co.jp/fair_campaign/111426/



③Tシャツ

二年ぶりにTシャツを作りました。
今月20日開催のコミティアの1月と7月スペースにて販売します
鮫の柄とUFOの柄があり、各3700円です。おいしいパンも併売
詳細→https://twitter.com/1to7pd

銀行はお金を扱うのになぜ金行ではなく銀行なのだろうか

という疑問がふと浮かんだのだが、この疑問に覚えがあるような
かつてそんな疑問があり、それを解消したような記憶があった気がした
気のせいかもしれんが


路銀という言葉があるな
旅で必要になる金銭というような意味だが、これも路金ではない
お金のことを直接「金」で表現せず、銀にする理由がどこかにあるのだろうか


賃金。これは金を「ぎん」と読んでいる
金を「ぎん」と読むのは珍しいことのように思うが
案外金銭のことをきんと言ったりぎんと言ったり、曖昧だった過去があるのかもしれん

たとえば、かつて金銭のことを「銀」と表現しており
それが時代とともに「金」に移り変わっていったというパターンもありうる
となると賃金は「ぎん」から「きん」に変わる過渡期に生まれた言葉であると考えられる
勿論そうなった場合、銀行や路銀はそれより以前に出来た古い言葉となる



ところで銀行という言葉には銀とつくので
お金を扱う中でもなんとなく銀色の硬貨、特に百円玉のイメージがある
百円玉の枚数ををじゃらじゃら機械で数えているような


硬貨の色でいうと、十円玉だけ茶色で地味な感じがするなと昔から思っていた
金色や銀色の中にあって、くすんだ茶色、特に酸化して古びたものが多いから
他と比較して独特な印象がある

それ一種類だけ茶色いという点で、アブラゼミとイメージが被る
なんだか話が飛躍してしまうが
アブラゼミも日本のセミの中で一種類だけ羽が茶色い
アブラゼミは幼少期わりとどこでもよく見かけたし、セミのなかで
とりわけ珍しいものとは思っていなかったが
十円玉についてもありふれているが改めて色を考えると珍しい茶色をしている、ということで
無意識にイメージを結びつけていたものと思う


アブラゼミは日本ではメジャーであるが
世界に目を向けると茶色い羽のセミというのは案外珍しいのだという
話を昆虫図鑑で読んだことがある
それを知ったときは少しありがたみが増したような変な気分になった

銅で出来た茶色い硬貨はどうだろう
べつに世界中にありふれているのではないかと思いますが
むしろ五円玉の金色で真ん中に穴が開いた形状は珍しいかもしれない
どんどん話がそれていってしまうな


楽園(ル パラディ)夏のウェブ増刊が始まっております
昨日30日更新分にて描いた漫画が公開されました。
無料ですので見てみてください


行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→7月30日のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/vol24/