
三人くらいの集団で家に帰る道をあるいている
道端に、全身緑色の服を着たおじいさんがしゃがみこんでいる
おじいさんは、亀の甲羅の形をしたリュックサックを持っている
道幅がせまくなる
脇道があり、そこを通ったほうが家に帰るには近道であるが
そこは誰かの私有地で、民間人の通りぬけはできないことになっている
自転車でパトロールをしている巡査が、その脇道に入っていく
警察官は民間人でないから私有地入ってもいいんだな、と思う
三人の話題は、警察官のことになる
この街の警察官の採用試験の倍率は、50倍なんだよ、と一人が言うと
もう一人が、おれのアルバイトのじつに25倍じゃないか、と言う
俺は瞬時に、ああこの男のアルバイトの募集倍率は2倍だったのか、と計算する
口には出さない
家と家の間のせまい隙間から、セダンが道いっぱいに飛び出している
道幅が狭いので、車体の半分くらいで我々を通せんぼしている格好である
邪魔だなと思ったら、急激にバックして家と家の隙間の車庫に滑りこんでいく
高度な運転技術だなあと思う
家に到着する
最近引っ越してきたばかりのアパートで、まだ掃除がきちんと済んでいない
玄関付近にもほこりや土がたまっており
竹箒で地面のごみや、壁についた蜘蛛の巣などをささっと掃く
近所に住んでいるらしき女性が現れ、たいへんねえ、みたいなことを言う
回転、無重力について
無重力
重力なんてものは、普段なにげなく生活していたら気付かないとおもう
すべてに一様にはたらいているし、ニュートンのりんごの話は有名だが
世の中に蔓延する常識、ものごとのベースになってる標準状態のことについて
発見するのは視点をだいぶ引いてかんがえないとむずかしい
重力がはたらいてないという状態は物体にとってフリーダムなかんじ
するけどそれはどうだろうか
前提から解放されたとき、自由に動くことができるだろうか
はい、あなたは今から何をしても自由です、ってなった場合、即座に自分の
好きなことをせっせとはじめて行動し続けることはできるだろうか、
なにかを定め直さないといけないくなる
基点が定まらないもんは生産的に動けないようなきがする
重力にはそういう要素を感じる
重力、とかいて動くという漢字になるのも無関係でないかもしれない
重力以外に基点をもつ物体に関心そそられたりするもんだが
鳥とかか
自転車、ヨーヨー
またヨーヨーの話が出てきたが
あれらのジャイロ効果というのも重力フリーな感じしてるけどな
ところで
先日のコミティアで発行しました本を再版することになりました
月末には通販のお知らせができるとおもいます、くわしくは追って告知します
自賠責保険の料金を支払いにでかけた
自賠責保険というのは必ず加入しなければならないバイクの(車も)最低限の保険で
この先の一年分か、あるいは何年分かまとめて支払うこともできる
何年か分まとめて払うのほうが、安くなって得になるような料金設定で
おれのような金銭にゆとりのない者にとっては、まとめて払いたくなるとこだが
来年で20年になる車体なので、何年分も保険かけるのは不安でもある
まあなおせばいいのか
車台番号が変わらなければよいのだから、エンジンでもなんでも壊れたら替えたら
いいわけだからな、フレームさえ無事なら、、、、
と思って程よいところで三年分ベットすることにした
フロントフォークがくったくたになっていた件日記にかいたか忘れたが
それは先日なおした
ひとまず標準より一段階硬いオイルに替えたところ頼り甲斐のある感触が戻った
古いオイルはくさってひどいにおいでさらさらになっていた。。。
謝罪したい気分になったな、、、、
スーパーで、地域の広報誌を入手した
しっかり目を通すと、地域の活性化の取り組みが豊富にある
ライフ感でてる
もう10年くらいはいているズボンがあるのですが
前のファスナーのところが全部ボタン着脱式になっているもので
買ったときは、ボタンかあーと思ったが10年もはいているとなれる
なれるが、時々ちぎれる
5つボタンがあるうちのひとつが、とれっぱなしになっていた
幸いにもちぎれた時気づいたので、ボタンは回収し
時間あるときにでもつけよう、と思って、部屋の目立つところにおいておいた
それからかなり時間が経った
さて暇なのでボタンでもつけるかあと思い立ったのだが
ボタンがどこにあるかわからないのですね
部屋のどこかにあって、日頃目にする場所に置いてあって
しばしば目にしては、ボタンをつけねばなあと思っていたことだけ覚えてる
それがどこなのかだけ判然としないのですね
忙しいときに限ってボタンは眼前に現れる
ヨーヨーが好き
ヨーヨーの形状、丸くて円盤様の物体が2つつながっている
それが回転して、糸を巻き取るというおもちゃ
あれは見てるだけでもいいなあと思うけど、自分で遊んでみると
なおさら、いいなあとおもいますね
昔ハイパーヨーヨーが流行ったことがあったけど
ああいう格好いい図案が入ったデザインのものよりかは
まったくプレーンの模様のない樹脂や金属のシンプルなもののほうがぐっとくる
宇宙をかんじさせる
小型のUFOをあやつっているかのような気持ちになる
木でできた民芸スタイルの物も味わいあってよいが
多く出回っている競技用のものは、技術を結集してつくられていて
その性能を見るに、おどろかされる。専門家ではないのでどのくらいすごいのか
具体的にはわからんが、金属やセラミックのベアリングが入っていたり
そんなに搭載してどうするんですか?というようなものもある
高性能な自動車や飛行機の部品かと思うような
紐と車輪型物体だけで、ものとして完結してるところになぞの密度をかんじる
整合性のないものについて考えてる
整合性のあるものなら、わかる、自然発生してくるものは概ね周囲の状況などに
起因してりくつがあって生まれてるものだから、正しくそこにあるとおもうが
偶然起きることにも、それを左右した外的要因はかならずあるもんだと思っているが
それすらもはずれることというのはありえるだろうか
正しくないものとはどういうことかと思う
正しくないもの・・・・・・
走らない車とかはどうでしょうか
ぶっ壊れて走らなくなったのだとしたら、それは正しく壊れ正しく走らないと思うが
はじめから走らない車
展示用、とかイミテーションではなく、設計制作ミスでもなく
走ることを目的として作られたが、走らない車
整合性がない。そんな車がはたしてあるだろうか
失敗や劣化や不都合なことは世の中にとりまいているが
整合性がないものというのはそうそうあるもんではないとおもう
そうそうあるもんではないと思うが。
正しいものというのは、研究することができる
解像度をあげて調べていけば、そこに積み重なった仕事量や情報量を読み解くことが
できるし、証拠をあげれば大抵の事件は解決できる
整合性のなさは、研究を拒む
理論的に考えられない、研究はすぐに破綻する
解像度をあげると、とたんに崩壊してなにも残らないだろう
しかし整合性のないものというのは、存在し得ると思っていて
なぜなら、その存在を空想できるからです
空想しうるということは、実現可能かどうかはともかく、存在することは可能におもえる
絵空事や嘘というのはいくらでも言えるもんで
意味なく自然動作に反することをすれば整合性をなくすことはできるきがしてる 完全犯罪という言葉もあることだし
虚数の存在についても考えたりするけど
解説要員
資料系文庫本でおもしろかったものについてもうひとつかく
「東京地名考」朝日新聞社会部
東京都の各地の地名の由来について調べあげて解説しています
土地のあらまし、故事や小話など豊富で、情報量が多く飽きない
しばらく読んでた
名前なんていうものは、由来について知らなければ、そういうもん。として
スルーされてしまう。たとえば「新宿」という地名があるが、
新しい宿なのか、という程度から深入りすることはなかなかむずかしい
だいたい世の中にひしめく物事には因果、原因、理由があるが
雑草がブロックの隙間から生えているということひとつとっても
ブロックに隙間ができた原因、植物の種子がそこに運ばれて着地した要因
成長速度にまつわる気候条件など相当多角的にある
そのすべてを追うことは不可能といってよいとおもう
風景について細かく注視したらきりがないので、スルーすべきことはスルー
されているとおもうが
地名というのも、ある程度風景の一部としてスルーされている要素です
そこに蓄積された因果をひとつひとつ解体していくさまを読んでいくと
たんなる音の響きとして認識していた地名に膨大な積層をかんじる
言葉に時を経た重みがあることを理解することができる
非常に興味深い
そういえばふと思い出したことだが、
(・ω・)←こういう顔文字がすごく好きだったことがあった
いまとなっては何の変哲もない顔文字だが、これを知った当初は
これωでこういう口を文字で表現できるのかと感動して
よく使ってたとおもうがコピーペーストして入力するのが面倒になってきて
いつの日かつかうことをやめていたな
絵文字や顔文字は文章がやわらかくなる気がしていたけど
やわらかくする必要性もあまり感じなくなってきてた
しかし改めて考えると文字情報の中に表情や状態を表す図が
記号や文字の本来の意味合いを無視して制作・配置されて、文字情報とは
異なった認識で読解されるというのも考えてみればおもしろい
バラエティー感ある


