京都に行って帰ってきた
サイン会が開催されたためだが
ついでに少し観光もした

京都水族館で、オオサンショウウオを見た
だいぶ昔に桂浜の水族館でオオサンショウウオを見た記憶があったが
京都水族館では近年ずいぶんオオサンショウウオを押し出した展示をしていると
いう話をきいていたので行ってみたいとずっと思っていた

結果めでたく大量のオオサンショウウオを見ることができた
本当にいくら見ていても飽きない
水槽を上からのぞきこめるようになっていたので
息継ぎに浮上する個体がいたらその上に移動して
息継ぎの音を聞いて、そうかそうかという気持ちになった
土産物売り場でオオサンショウウオのでかいぬいぐるみを買った



東寺で21日に縁日があり、見に行った
そこで骨董市をやっており、事前に勧められていたためだ
混雑の中ぶらぶらして、 いいかんじの印刷物が箱にどさっと入ったのを
吟味したりしていたが、ある出店の机の上にあった
妙な魚の置物に目がとまった

手のひらサイズの素朴な木彫りで、金魚のようなしゃちほこのような姿でありながら
鳥のような間抜けな顔をしていて、いっぱつで心をつかまれてしまった
値段を尋ねると、1500円だという。
古びた謎の置物であり、高いと感じる人が多いかもしれないが
いま買わなければ、今後長きにわたって心残りになるのは明らかなので
置物そのものに加え、「心残りの無さを買う」ことを含めた金額と考えると
決して高い買物ではないのである。買った。

帰宅し、既にいくつかある魚の置物の中に新入りとして加えた
思ったとおり、すぐになじんだ
古物は特に、縁あって自分の元にやってきた、という側面があり、
買うときの思い入れが釣り合っていないと
「軽い気持ちで攫ってきてしまった」という気分に近いことすらあるが
今回に関しては、縁によって適切な場所に迎えることが出来たという気がする
そういうときは買ったものの価値以上の充実感がある

しかし買って帰ってきてから気がついたが
これが何に使われるものなのか、全くわからない
店主に訊くべきだった
郷土玩具の仲間か、何かの行事か風習の飾りのようにも思えるが
出自が気になる
日記の上にある画像がその品であるが、ご存じの方おられるでしょうか



サイン会に来てくれた方ありがとうございました
贈り物や手紙をくれた方、重ねてありがとうございます。大事にします
あまり喋りませんでしたが、なぜかというと文字をかきながら
喋ると高確率で文字を間違えるから黙りがちになってしまうのである
絵柄おまかせの人には全員オオサンショウウオを描いた。京都なので



●告知事項
多忙につき告知を怠っていましたが
楽園(ル パラディ)春のウェブ増刊が今年も開催されており
すっかり恒例化した「春のpanpanyaまつり」が今年も開催されております
現時点で描いた漫画が二本公開されています。
4月7日と15日更新回です。
続き物なので、一つ目から順に見てください。まだ続きます

行き方:下記URLを押す→WEB増刊へGOと書かれた箇所を押す(中段画面左)→各日付のところを押す→漫画登場。
 http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/

ドーナツとピーナッツに関する日記について、友人から情報が寄せられた
なんと、ドーナツのナツの語源は「ナッツ」であり
ピーナッツやカシューナッツの「ナッツ」と同じものだという

まさかの事実だが
ドーナツの原型は、穴のない丸いお菓子の真ん中にナッツが乗ったものであったという
「ドー(dough)」がパン生地、「ナッツ(nut)」が木の実を意味する
そういう名前だったのだ
それがどういう経緯があったかはわからないが、ナッツ要素が消え
わっかの形状のドーナツになっていったが、名前はドーナツのままだった


更に、「ピーナッツはナッツではない」という情報も寄せられた
言われてみればそんな気もする
ナッツとは木の実であるが、 ピーナッツ、すなわち落花生は豆の仲間だ
土に埋まっているし
調べてみると、「ピー」が「豆」を意味する言葉らしく
豆ナッツということらしい。しかしあくまで豆であり、ナッツではない

ナッツと豆の違いも気になったので、調べたところ
木になる実で、硬い殻の中身が食用になるものが「ナッツ」で
マメ科の植物の実が「豆」 だという
そう言われると案外ぴんとこない
ピーナッツの「ナッツ」は 「ナッツ(nut)」の意味ではあるものの
ピーナッツはナッツの仲間ではないということらしい


ドーナツは「ナッツ」であり、ピーナッツは「ナッツ」ではないという
真逆の事実が突きつけられ、数日前に考えていたことが根底からひっくり返る
不思議な気分になる




その前の日記に書いた、街角の地図看板についても、興味深い情報が寄せられた
あの類の地図のなかには、無断で地図に店名を載せ、掲載料の名目で店側から集金をする
悪徳業者によるものが存在するらしいという話だ

そう考えると、辻褄が合う

先日見た地図の内容はどう見ても十年以上は前のものだったが、看板自体は新しかった
その後気になってグーグルストリートビューで見てみたが、2017年の時点では
看板はまだ設置されていなかったので、ここ一年ほどで設置されたものらしい

自治体が善意でもって配置したものであったとするなら
地域住民以外が見たってわかるような明らかに古い情報の地図を
設置するとは考えにくいが
悪徳業者が案内以外の目的をもってやってることだとしたら、説明がつく
業者の手元にある住宅地図の版が古いものであることに気付かず
えっさほいさと作ってしまうということもありうる
「正確な案内地図で道行く人を案内する」ことが第一目的ではないからだ

誰も気にも留めないような地図看板の違和感に気付いたとき
その背後にある事情について推察するきっかけになる
町にあるあれこれが、思っているよりも様々な思惑によって展開されてることがわかる

そんないびつさを拾うことができたとき、ぼやけていた部分にピントがあうような
景色の解像度が一段階上がる感じする
愉快な気分になる

ドーナツとピーナッツ、語感が似ているが本質的には全く別のものだ
あたりまえだが
しかも、似ている語感も表面的なもので、言葉の由来は恐らく異なる

ドーナツはドーナッツとも表記できるが
ピーナッツをピーナツとすると問題があるように思える
ピーナッツの「ナッツ」は木の実を意味する言葉で
ナッツのことをナツとは言わないからである
カシューナツとは言わない

しかし、ピーナツという表記も見かけないわけではないし
試しに「ピーナツ」と口に出して言ってみると
違和感は実際のところぜんぜんない
「カシューナツ」は違和感ありますね

これはドーナツ=ドーナッツという表記のゆれが
影響しているのではないかという気がしてきた
どっちもおやつに関係するし



そんなことを考えていた
取り組んでいる作業があるが、それは思うように進まずもどかしい



三ヶ月分くらいの自治体の広報誌をファイリングした
何年か前から、ポストに届く広報を捨てずにファイルに綴じることにしていて
最近は広報に限らず自治体経由でくるチラシ類、団体の広報類も
綴じるようになってきたので、一年で結構な量になる
昨年の二月から溜めていたバインダーが満たんになったので
次のバインダーを買ってこないといけない

謎の使命感で集めている
ぱらぱらめくると、極めてローカルな情報が無作為に飛び込んでくる
イベントの情報やら、子供の考えた標語だとか
無意味な気もするが、集まってくると
それらが持ちはじめる重厚感に引っ張られてしまう

ジャンル分けされたものが集合してきたときの重厚感の魅力について
時々考えてる
原初的な嬉しさがある

確定申告の書類を出したついでに、少し市街地を歩いた
午後三時くらいから夕方にかけての時間で
公園で子供が遊んでいたり、買物をする人、下校中らしき学生がいたりした

買う物があったので、スーパーに立ち寄った
わさび、キャノーラ油、とろろ昆布、山椒を買う
調製豆乳コーナーを見ると、見たこと無い味がいくつか出ていたので
その中からマカダミアナッツとシナモンを手に取ったが
ふと、見たことないやつは全員買おうと思い直し
ラムレーズンと糖分削減麦芽コーヒーもかごに入れた
ツナマヨおにぎりも買った

そことは別な店で、閉店のお知らせの張り紙が出ていた
わりと最近出来た店で、小綺麗で人の入りも良い印象があったので
おどろいたが、まあ事情はいろいろあるのかもしれない
そこでは今日は何も買わなかった


引き続き歩いていると、クレープ屋があった
そこにクレープ屋があることは前から知っていたが、一度も買ったことない
ふだん用のある店や場所から絶妙に外れた位置にあり、近くまで行くことはあっても
その店の目の前を通りかかることは滅多にないためである
おにぎりと豆乳がなければもしかして今日初めて買ってみてたかもしれないな
通りかかったとき、ちょうど客が一人クレープを受け取っているところだった
通り過ぎ、振り返ると、おれのうしろを歩いていた男が店に立ち寄っているところだった
繁盛しているんだな


道端に、 この周辺の案内図の看板が掛かっていた
印刷されたものではなく、トタン板にペンキで描かれたタイプのものだ
錆も退色もなく、さほど古いものではなさそうに見えたが
細かく見ていくと、潰れて薬局になったはずのCD屋がまだ掲載されていたり
ビルが建って無くなったはずの駐車場がそのままになっていたり
件の閉店する店はまだ建ってすらいないという
随分と古い地図を元に描かれたもののようだった

地元のものをこれほどとんちんかんに書くのは考えにくいから
それなりに古い時期に書かれたものが、書き換えられることなく
奇跡的なコンディションで新品の輝きを保っているということなのかな
すこしミステリアスな感じがする


街路樹に新しい支柱が添えられていた
その木口の部分に、品名とバーコードのラベルが貼ったままになっていた
ホームセンターとかで買ってきて組み立てたのかな
かなり新しいことがわかる
支柱は四本の丸太を組み合わせてあり、四本ともラベルが貼ってあったが
その一本にだれかがガムをくっつけた跡があった
悪いことする奴がいるね
しかしそれによって、新しいにしても少し時間は経ってんだろうなと思えた
昨年の終わり頃とかなのかな、時間的距離感の証拠をつかんだ気分になる

それから別なスーパーや百円ショップなどをひやかし、公園でさっき買った
マカダミアナッツ豆乳とツナマヨおにぎりを食べた
考え事をしながら食べたので、あまり味の感想をもたなかった



以前も、この町をこのように特に目的なくぶらぶら歩いたことがあった
その時は、もしその町に自分が暮らしていたらというようなことを想像して
人の生活のある街中に自分が溶け込んでいる気分を味わったりしていたが
今日はどちらかというとドライな気持ちで
昔からある建物のこと、もうない建物、あたらしくできた店、もうすぐなくなる店のこと
俯瞰した気持ちで、物理的なことをよく考えてた

こんな細かな事象はやがてきっと忘れてしまう
だれも覚えてないし、覚えてたとしても言葉で共有されることはない
本来なら記録にも残らない、役に立ちようもない情報ばかりで
そういうものを見れば見るほど、考えれば考えるほどなぞのやるせなさを感じたりもするが
こうして日記に書くと少し気分が紛れる

頂き物のお菓子の詰め合わせのなかに、ブルーベリーシガレットというのがあった
ココアシガレットという定番駄菓子があるが、その派生商品のようだ
ココアの方は何度か食べたことがあるがブルーベリーははじめて食べる

たばこの箱を模したパッケージに、これまたたばこを模した形状の
細長くて硬いラムネ菓子が数本入っている

たばこのように口にくわえながらぺろぺろ味わい
飽きたらぽりぽり食べてしまう
なかなかうまい


箱を見ると、側面のバーコードの横に
「オリオン株式会社はあなたの禁煙を応援します。」
という一文があった
ふむ、と思って

てっきり、このシガレットシリーズの駄菓子は
子供が大人のまねごとをするための面白形状菓子ということだと思っていた
子供が吸ってはいけないたばこの形にすることで、少し愉快になれる
子供が飲めるビール風ジュースのようなものと同じジャンルに属するものと
思っていたが、
この文を素直に読むと、禁煙したい大人がたばこのかわりに食べることを
想定しているように見える

たばこのかわりにこれを食べる人いるのかな
たばこ吸わないから、ラムネ菓子が煙の代用品になるのはイメージ沸きづらいが
口寂しいときにこれをくわえるといいということなのだろうか

考えられるのは、 昨今は喫煙そのものへの風当たりが強いということ
子供がたばこに興味を持ってたばこ型菓子を喜んで食べることに対して
昔に比べ世間があまりいい顔をしなくなっているのではないか
たばこ型菓子という存在そのものについて疑問を持たれかねない状況に際し
禁煙補助の意図を付け加えることで、正当性を高めているとも考えられる
勝手な想像だが



ブルーベリーシガレットやドライフルーツを食いながら、今日は本を読んだ
だいぶ前に人から薦められたまま積んでいたのだが、ふと読み始めた
専門用語や地名が多く、メモをとりながらでないと読み進めるのが難しい本だったが
ここしばらく考えていたことと、思いがけず関係する内容で
今日読む意義があった


今日は晴れたので二日ぶりに散歩に出ることができた
雨によって空気の味が濃くなっていた
農協の車が走り去るところを見た

ここ数日は雨が降ったり降らなかったりしている
今日は降っていた
このまま今期は雪が降らずに済めばいいけどなと思っているが
もう三月か

三月といえばもはやかなり春にさしかかっている感のある数字だ
ここんとこは寒くない日があっても
冬のわりには春めいた空気だな、という捉え方をしていたが
春になってきたから寒くないんだな、と思うことにしてもいい
三月というのはそういう数字だな

花粉も飛んでいるようだ
数日前に一日だけ、どうにも鼻水が出る日があり、こりゃあ花粉症だなと思ったのだが
その日一日だけで、なんか治まったので軽い風邪だっただけかもしれない
毎年そんな感じでいまだに自分の花粉症に自信が持てない
もし正式な花粉症であった場合、この程度の症状で済んでいるのは幸運とも思える



今日は、確定申告の書類作りをやった
面倒だったがひとまず格好はついた
あとは提出するだけだ

欲しかった本を通販で注文した
外国からの直販でしか買えず、その送料がやけに高いという
複合的な理由で二の足を踏んでいたのだが
資料目的の本は経費に計上できるし、面倒な購入手続きについても
面倒な書類作りのついでに思え、確定申告によって複合的な意味で
後押しになり、思い切って注文してしまったのだった

成し遂げたような気分になった
次に晴れた日に自転車で提出に出かけることにする

 

①楽園(le paradis)29号が発売になります
正式な発売日は28日ですが、書籍扱いのため既に売っているところもあるようです
「坩堝」という題の漫画を掲載して頂いております
ぜひ見てみて下さい。
お求めはお近くの書店かインターネット通販で

楽園(le paradis)ウェブサイト
http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/vol29/ 

amazon通販ページ
http://www.amazon.co.jp




②大英博物館で開催される「Manga」という
漫画についての展覧会に参加します
会期は今年の5月23日~8月26日なので、その時期に
イギリスに行く機会のある人よかったら見てみてください
細かい情報は順次公開される模様です
https://www.britishmuseum.org/





③四月に京都でやるサイン会について
参加券が付いた本の販売が始まったそうです
インターネット通販分はもう売り切れてしまったようですが
店舗の分は残ってるお店もあるようなのでお求めの方は何卒よろしくお願いします
詳しいことは以下の特設ページをご確認下さい
https://www.animate-onlineshop.jp/contents/fair_event/detail.php?id=101845

めずらしく展示をいくつか見に行った
そのついでに東京の街中をうろうろ歩くなどした


朝ごはんを食べ損なったまま昼を迎えてしまったが
歩いているとどうも腹ぺこを意識しにくくなるようです
それによって過去に昼飯を食べ損なってしまうという経験は何度もしており
朝食ってないでそれは危険であるので、意識して飯屋を探した

個人経営風の中華屋、入り口の狭いスープカレーの店
「タイの店」とかかれたタイ料理の店などがあった
なんとなく予備知識なしで一人ぱっと入るには敷居の高さを感じてしまう

吉野家とマクドナルドもあった
かといってそういうのも味気ないという気分ではある

こうして、心の中に確固たる理想の飯屋を思い描くことなく
ああでもないこうでもないと歩いていると昼飯を食べ損なう
いつものパターンになってしまう

つけ麺の店があった
つけ麺は麺類の中では好きなので、つけ麺にすることにした
ラーメンよりもつけ麺派なのである
なぜかというと、うまいラーメンというのは大概スープに凝っているが
おれは胃が丈夫なほうではないから、 折角の凝ったスープを飲み干すのはつらい
塩分も多いし、健康的でもない
しかし凝ったスープを残すというのも勿体なく、割り切れない思いがある
それが理由でラーメンという食べ物から遠ざかりがちだ
それに対してつけ麺は、麺を食い終わったあとにつけ汁をスープ割りにして
飲むという設計になっているので、その問題を解消していると思うんですね
凝った部分を理想的なかたちで味わわせるために一手間かけている。
かけそばよりざるそば派であるし、細麺より太麺派であるから
諸条件加味しても、ラーメンの派生形としてかなり優れたものになっていると思える
文章にするとあらためて良い食い物だと思うよ
そういうわけでつけ麺を無事食べた。煮卵がサービスで付属していてよかった



美術館に行き、展示を見た
展示を見た満足感よりも、いい図録を手にしたときの満足感のほうが
高くなりがちなのはなんか倒錯しているなといつも思う
今日もそうだった

その後、友人の展示も見に行った
一年ぶりくらいに会うかと思ったら、二年ぶりだと言われた
妙に心に残る作品があって忘れずにいたいと思った


帰り道、自分の好きなものについて考えてた
システムが好きなのかもしれない
詳しく考えたほうがいいことだが眠いので日記はこのくらいにして寝る

単行本「グヤバノ・ホリデー」が発売になり二週間ほど経った
発売後慌ただしくしていたのでそのことについて日記が書けないでいた
一段落したところだが、機を逸した感じがしないでもない

手元に届いて以来繰り返し読んでいるが今回もお気に入りの本になった 
発売中ですのでよかったら見てみて下さい




捜し物があり、部屋の中をひっくり返して探していたが全く出てこない
たくさんの箱を引っ張り出して開けた
これかな、と思う箱には全然別のものが入っていたり
予想した重さより遥かに軽い箱に肩すかしを食らったりした

昨年なくしたポイントカード入れるファイルがついでに出てくるかなと
思ったけどそれは出てこなかった
読み返したいが紛失したと諦めていたあやとりの本は出てきた


部屋がパソコンのようになるといいのだが
しまってあるものの検索ができたり、年代やジャンルで昇順降順並び替えができたり
特に紙ものはそれができたらどんなに便利なことかと思う

ある時期に収集したパンフレットばっかりどっさり入った箱などもあった
整頓して製本してしまおうかと思ったが、いまそれを始めると収集付かなく
なるので他の箱と同様に元通りにしまった
いつかパンフレットに重要な意味を見いだして箱を開けるときがきたら
向きあうことになるだろう

なにがどこにしまってあるかを示す地図を作ったほうがいいかもしれない
八割方探したが見つからないので、残りの二割は日を改めて探すことにする

忙しくしており、あまり日記を書けずにいる
書けずにいる、というのは厳密には正しくなく、書いてはいるがこの日記ではなく
何個か前の日記に書いた、カレンダーの裏紙のひとことメモの欄に
走った記録のほか、一日のトピックスを小さく簡潔に書いている
なんとなく一日の記録をした気になってしまって、それがこの日記から遠ざかる
原因のひとつになっているような気がする

まあなにかしらの記録をつけていればそれはそれでとも思う



今日考えたこと

シャンプー、ボディーソープ、ハンドソープ、洗顔料などなど
人体を洗う用の洗剤がいろいろあり、使い分けをしているが
人間用の洗剤ということで一種類にまとめられないものなのだろうか

身体の汚れ方、洗い方、その必要条件を考えると
部位ごとに洗剤を分ける現状は神経質すぎる気がする
髪の質をどうするとか肌の乾燥をどうするとかの後付けケア剤は
また別に充実しているわけだし、合理化の余地があるのではないか



スポーツ競技の名前でバレーボール、バスケットボール、ベースボールなどがあるが
サッカーボールだけは「サッカー」が競技名で「サッカーボール」は道具の名前だ
なぜだろうか
逆に、「バレーボール」「バスケットボール」「サッカーボール」は道具の名前であるが
「ベースボール」だけは野球のボールを指す言葉としては不適格なかんじする

続きはひまなときに考えることにする