谷澤智文氏の音楽CD「ぼくらはみんなエイリアン」が発売になりました
前作「ぼくらはみんなスペーシー」に引き続き、ジャケット絵ほか
デザインほぼ全てを担当しています

ぼくらはみんなエイリアンとはどういうことなのかを考えながら
趣向を凝らしました
不思議で良いものになっていると思います
何卒見て聴いてみてください


くわしくは特設サイトへ
http://tnzwtmfm.net/we-are-all-alien-sp/






以下日記
前回の続き


日記で明文化したことにより気持ちが募り
今日ついに箒を持って散歩に出かけ、当該箇所の清掃を敢行した

道路に落ちた枯れ葉を道の脇に寄せながら掃いていくと
長い時間に堆積した砂だのがけっこうな量になっていき
また側溝の蓋の隙間に溜まった土から植物が生えており
それが箒に引っかかるので都度むしったり
思いのほか骨が折れる事業であることがわかってきた

しばらく掃いていたが、到底満足いくまでピカピカにすることはできず
今日のところはそこそこで妥協することにした
それでも大変爽快感があり、いいものだった

べつに自分の居住空間でもないし、頼まれたわけでもない掃除は
何の脈絡もない掃除、純粋掃除と呼ぶにふさわしい
損得抜きにした純粋な掃除の気持ちよさがある
明日からの散歩も昨日までとは違った気持ちよさがあるだろう
また気が向いたらやりたい




プランター植えしていた熱帯植物が寒さで弱ってきたので部屋に入れた
日当たりがあまりよくない部屋なので温度と日光どちらを取るべきかと思っていたが
さすがに寒いので温度を優先したほうがよかろう
あまり知識もなく、なかなか適切な手間もかけられないので
植物には申し訳ないところだが頑張ってもらいたい

毎日散歩するコースに枯れ葉が散らかっているゾーンがある
通るたび、箒を持ってきてきれいにしたい気持ちになるが
めんどうなので、まあやらないで通り過ぎるだけだ


だが空想だけはする

落ち葉を集めたらどのくらいの量になるだろうかとか
細かい砂利や土の量も集めればばかにならないかもしれないなとか
でかい袋も必要だな
一時間くらいみっちりやれば終わるかな
通りがかりの近所の人がほめてくれるかもわからん
恐らくやわらかい毛の箒ではだめだ竹箒でなければ
落ち葉がたくさん積もっている下は湿っているだろうか
ダンゴムシくらいはいるか
自分で掃除した道は散歩の気持ちよさも格別なのではないだろうか


様々なことを思うが思うだけでいつも散歩はおわる

夏場はこれの草むしりバージョンをやっていたのを思い出した

自治体の運営するリサイクル関係の施設に行った
ちょっとしたリサイクルショップが併設されており、服や家具、本などが並んでいる
そういうものがあることは聞いていたが、行くのは初めてだった
廃品として回収したものを安価で提供する仕組みだ


パンフレット置き場が充実しており、ごみに関する様々な紙が置いてあった
リサイクルを推進する内容のチラシ、廃品を再利用して物を作る催しのお知らせ
地域のゴミの出し方を指南するガイドブック、関連団体の広報誌などがあった

広報誌がやけにホコリをかぶっているのが気になったので、見てみたら
それは2012年に発行されたもので、「最終号」とあった
よく見ると最終号から数えて五巻くらいまでバックナンバーがあった
緑色の紙が日光で少し退色していた


だれにも貰われることなく五年も置きっぱなしになっていた広報誌は
真新しい情報が刷られた印刷物の中では勿論のこと
新たな持ち主を待つリサイクル品の群れと比較しても別格のオーラを出しており
とても無視することは出来ず、バックナンバーを一部ずつもらった



最近は貰ったパンフレット類は日付場所ごとに封筒に入れて保管しているが
しまいっぱなしになりがちなので、保管方法を工夫したい
思えば貰ったパンフレットの整頓にはずっと頭を抱えている気がする

ひとまとめにして製本してしまうのが良いかなと思うが
判型がばらばらで、やけにでかいものがあったりして
無理に纏めても見やすくなるかというと疑問が残る
一回全部スキャンしてパソコン上で管理しようかと思ったこともあったが
膨大すぎてすぐに挫折した

フリーペーパーや広報の類は公式サイトで電子版を配布している所も
あったりするので利用してもいいのかもしれない
ただこうなってくると何が目的なのかわからなくなってくるな



楽園(le paradis)25号が発売になりました
「開発」「海の閉じ方」というタイトルの二篇の漫画を掲載して頂いております
ぜひ見てみて下さい。
お求めはお近くの書店かインターネット通販で

楽園(le paradis)ウェブサイト
http://www.hakusensha.co.jp/rakuen/vol25/ 

amazon通販ページ
http://www.amazon.co.jp




②来年1月に通算五冊目の漫画単行本が発売になります
こまかいことは追ってお知らせしていきます
どうぞお楽しみに




③来月より白泉社刊の単行本が電子書籍化されることになりました
月に一冊ずつ発売になり、新刊が出るタイミングで既刊が出揃うようになります

物体としての良さを装丁に込めることを心がけて作っているので
基本的には紙の本でご購入頂くことを推奨しますが
電子書籍にも利点があり、何十冊と持ち歩く場合でも重さや体積が一定であること
部屋で保管場所を必要としないこと
水没や天災等によって失われる心配がないことなどがあります

ともかく選択肢として、電子書籍版がラインナップされたということで
紙を含め、お好みの媒体で楽しんで頂けるようになります




④足摺り水族館について
しばらく品切れになっている足摺り水族館ですが
使用している紙が使用できなくなったりした都合で、再生産が難航しています
(そういう事態がないことも電子書籍の利点であるな)
現在、従来の紙に代わる良い紙を探したりしているところです

動きがありましたらここでお知らせします

だいたい日記を書くのは寝る前の時間と思っていたけど
寝る前というともう日付が変わっていることが非常に多く
日記投稿日付があるから文中の「今日」の意味合いがわかりづらくなる

時間が経ってから読み返したとき、日付と出来事が一日ずれていることは
気づかないような気がするし、正しくない情報であることが誰にも分からない
それは日記としては悲しい部分がある

かといって「昨日」と書くのも、書く時点での認識とずれがあり座りが良くない
投稿日時を操作することもできるがそれもあまり気持ちのいいものではない


そういうわけで日付が変わる前に日記を書いてしまうのが一番いいということになる
なので今日はいまから日記書く




このところ、朝起きて食事をしたら十分くらい近所を散歩してる
雨の日はしないが

道路をコカマキリが歩いていることが多い
過去三回くらいの散歩で毎回発見しているし、今日は三匹もいた
道路にいると車にひかれてしまう恐れがあるため、見つけたら
つかまえて藪の中に放り込んでやることにしている

昨日は残念ながらすでに車に轢かれたやつがおり、そうかと思ったが
今日見たら同じところにもう一匹轢かれて死骸がダブルになっていた
死骸に引き寄せられる習性があったのか、それとも昨日の段階で
つがいで轢かれていたのを見間違えたのかな
そいつらを除いて今日は三匹を救出した



もう寒いので庭のプランターの熱帯植物はどうにかしないといかん
小型のビニールハウスみたいなのをやったらいいのかな





でかい赤べこをもらった
以前福島の民芸品屋で、売っているなかで一番でかいやつを買ったが
それよりも二回りはでかい

亡くなった遠い親戚の家にあったものらしく、運命的におれのもとへやってきた
でかい赤べこが欲しいと吹聴していたのがよかった
ありがたい
年代物の風格がある

例の震災で棚から落ち、あちこち怪我しているが形は保っている
しっかり修繕してあげたいところです

唐突に思い出したことだが
二十年以上前、二子玉川の駅だったような気がするが違うかもしれない
どこか栄えた駅前、バス停の近くあたりに謎の構造物があった

大人の腰の高さくらいの支柱の上に直径15センチ程の球体がくっついていて
全体がスカイブルーのペンキで塗装されている
それが数メートルほど間隔をあけて複数設置されていたと思う

その球体部分がドラえもんの後頭部に見えた
なんだこのドラえもんの後頭部は、と思って
近づいて裏側を見ると、それは煙草の吸殻入れだった
ドラえもんの面を期待した部分は薄汚れた空洞になっていて
吸い殻が入っている様子はかなりざんねんなものだった
なんだあと思ったが、ドラえもんの余韻は残った


他の場所でも何度か見かけたことがあるように思うが
もう長いこと見かけていない
近頃は路上喫煙も厳しくなっているからもう無いかもしれない

ミニチュア信号機のガチャポンを買った
ガチャポンを買うと表現するのが正しいのか微妙な違和感があるが
百円玉を投入してガチャポンマシンのレバーを回し、ミニチュアの信号機を得た

ミニチュアの信号機である
驚くべきことに、日本信号株式会社が協力して作られた製品で
車両用、歩行者用信号に加え、歩行者用押ボタンまでもが
精巧なミニチュアモデルになっている
しかも光る

これは今年の春先に発売となったもので、そのときも欲しかったのだが
大人気だったらしくどこも品切れで売っていなかった
しばらく忘れていたが、今日たまたま見かけたので
最近大規模に再生産されたのかもしれない


しかしよくできている
信号機そのものが欲しいと思ったことは一度や二度ではないが
景色の一部をせめてミニチュアとして手元に持っていたいという気分が
それも東京タワーだの奈良の大仏だのではなく、自動車や電車でもなく
日本中ありふれた景色に埋没する部品であるところの信号機というものを
手元に持って喜ぶという感覚が、潜在的に多くの人の心にあるということが
こういう品を生み出しているわけで、しかも人気商品であったというから
うれしくなってしまうな



百円玉が足りなかったので、お札を両替した
そのときに両替機の下に百円玉を一枚落としてしまい
完全に奥深くに飲み込まれてしまった
がんばって覗き込んだが見つからず、諦めざるを得なかった
こんな純粋な損をしたのはいつぶりだ。

金を落とすというのは損のなかでもかなりシンプルな部類だと思うが
こんなシンプルな損、それに伴う悲しさは近頃めっきり味わっていなかった
極めて純度の高いうれしくなさだが、珍しいことなのでここはあえて日記に書いておこう
珍しいことを日記に書けたということが純粋な損と悲しみを少し薄めてくれる





久しぶりに日が暮れてからの町の空気を吸った
勤めに出ていた人々が帰ってくる、ベッドタウンの駅前で
コンビニとスーパー、少し歩くとファミレスやドラッグストアがある
人通りも車通りもさほどひしめくでもなく、かといって途切れることもない
こういう場所の夜の空気を吸うのはひさしぶりだ
具体的にいつのどこを思い出すでもないのに、なんか胸がいっぱいになった

ここから五分くらい自転車に乗って家に帰ってみたいと思った
そんなところに家ないのにな

夜の郊外の空気の味はいろいろあるが、心をつかまれることが多い
前にも友人の運転する車で環八だか環七を走っていたときの空気や
鎌倉から家に帰るときの道沿いの空気に
はっとしたことを思い出す
早い話が郷愁の一種だと思うが





電話について
番号を入力すると、その番号に対応した機械の元へ
電波となった人間の声がリアルタイムで届く
考えてみるととてつもないことだな

線でつながっている固定電話はまだ感覚的にはわかる
携帯電話はどうだ、空中を人間の声が形を変えた何らかの情報が飛んできて
機械がキャッチしてそれをまた音声として再生してくれる
しかも時差を感じさせる間もなくである
考えれば考えるほど不思議な技術だ

年に一度くらいこのことを考えてしまう

飛び立つときに「ぶー」と鳴くからぶー鳩
と呼んでいた鳩のことをふと思い出した

ぶー鳩は家の庭に時々飛来していたので、見かけたときは
菓子やパンの破片などをあげたりすることがあった

ぶー鳩の他に、足鳩というのもいた
片足の指が一本か二本か欠損していていることからそう呼んでいた
どこぞで怪我をしたのか、不憫だなと思って同じく破片を与えたりしてた

足鳩は思いの外図々しいというか、意地汚く
他の鳩を追い払って自分だけ食べ物にありつくようなところがあり
そういうたくましさがあれば不自由な足でも生きていけるだろう
むしろそういう性格だからこそ怪我に負けず生きてこれたのかもしれんなと
思った覚えがある


彼らはどんどん人馴れしていって次第に手から直接ものを食うようになり
最後の頃には家に上がりこんでくることすらあった

彼らは年をまたいで二年くらいは近所に居たように思うが
いつのまにか居なくなってしまった
それももう十年以上前のことだ












まんだらけ渋谷店の20周年を記念して
すっかり資料性博覧会の定番土産となったこいのぼりくんの
特別バージョンが制作されることになりました

半透明のこいのぼりくんの中に小いのぼりくんが入っているというもので
搭乗しているのか、脱皮の最中なのか、繁殖の過程なのか
いろいろ解釈の余地はあると思いますが大まかな状況として
「入れ子いのぼりくん」という名前をつけました

9月17日、まんだらけ渋谷店にて各10体ずつ販売されるとのことです
今回も特製入れ子いのぼりくんラベルステッカーつき。
くわしくは以下のURLをご覧ください
 https://mandarake.co.jp/publish/product/sby20_koinoborikun/index.html