考えてみれば、身の回りのものは昔作られたものばかりだ
家の前の道路は、去年新しく舗装されたから、2013年製だし
その脇の電柱は、ここに引っ越してくる前からたっているから
もしかすると昭和期に建てられたものかもしれない。
これは5年前、これは32年前、これは一昨年、など、ひとつひとつ見れば
どれも昔作られたものだということがわかる

それでも、現在、いまこの瞬間を構成する成分が
全部昔作られたものだと考えたときに、ぼんやりと違和感があるのは
なんだろうな、「現在」は、過去と未来の中間くらいにあるから
なんとなく過去と未来が半々で出来ているような気がどこかしてるけど
未来につくられたものは当然今ここにはない


でも天気予報は未来の天気についてまことしやかに言うし
明日人に会う約束をしたりするから、気持ちの面では
過去と未来半々くらいで考えてしまうかもしれない
想像力の面では。それは錯覚だろうか

物質の面では、明日、明後日に存在するであろう物体もほとんどは
昨日以前からそこにあるものだろう、大雑把に考えれば明日も明後日も
昔つくられたもので構成されているはずだね

ものに対して古さや新しさを感じるということについて考える
昔買ったパソコンで今日記を書いてる
この文をだれかが目にするときは、これは昔書かれた文ということになる