高校野球がテレビでやっていたので眺めていた
季節感のある映像としては好ましく感じる一方で
野球というスポーツをじっくり見ていると、不思議な気分になる
 

球技のなかでも、ひときわ複雑なルールに思える
返球し損なったのと逆の側に点が入ったり
特定の場所に球を入れれば点が入ったりするような
ひと目でシステムがわかる他の球技類と違って
競技を成立させる上で必要な約束事がやけに多く見える
 
塁という、四角形に配置されたすごろくでいうマスのようなポイントを
ルールに則って走者が一周すると一点加算されるという大まかな構造だが
特定の条件下で「盗塁」という行為が可能で
隙を見て走ってしまい、区画を突破することができる
それは成功したり失敗したりする。
 
走者が塁から足を離している状態で、ボールをタッチされると
アウトとなるが、一塁だけはどうも駆け抜けて足が離れても許されるらしい
ストライク、ボール、ファールといった投球や打球の回数のルールにしても
「そうと決まっているから」という姿勢が強く感じられる 
いつも、よくわからなくなる
ルールを熟知している人にとっては、なんでもないことなんだろうが
 
他の球技だと、大抵軸となる勝負事の構造がまずあって
それをゲームとして成り立たせるために細かいルールが設けられているのに対し
野球は細かいルールの集合体そのものが、野球というシステムを構成しているような

 
ユニフォームも独特だ
ボタンつきの襟のない半袖シャツ、その下に長袖、革のベルトで履く長ズボン
ズボンの裾を入れ込んで履く靴下、帽子。
冷静に考えると、動きやすさを重視したスポーツウェアというよりは
正装というか、伝統的制服らしさに基づくもののように思える

よくよく考えたら、高校生の大会の模様をテレビで毎年欠かさず放送するというのも
特殊な習慣だし、応援で演奏している楽団の曲のラインナップも
世間一般のポピュラーミュージックとは微妙に違う独自の定番があるようだ
なんだかすべてにおいて独特な伝統のような気がしてくる


その独特さが、風物詩としての質感を盤石なものにしているのではないか
よくわからないままにしておいた方がいいような気がして
努めてぼんやり見るようにしているところがある

人の声にしか聞こえないサイレンが鳴るのも不思議だ